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2010年07月 アーカイブ

2010年07月07日

白い水晶の犬
11
12
白い犬
協力 捧げる
普遍化する 心
愛する 忠実
KIN 90



先月の満月のこと


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ひさかたぶりのアップです。
かれこれ2週間、はやいはやい。


2010.6.28.1.jpg


先月の満月(26日)は月食と重なりましたね。
エネルギー的な影響がいつも以上に色濃く出やすいとき
ということで
私も濃ゆーい1日を過ごさせて戴きました。
しかも、藤丸さんのお声掛けに便乗し
『満月&月食ファスティング』も実施することに。


アルケミークリスタルボウル演奏会では
1年半ほど前に、あるグループワークでご一緒した方が
いらしてくださいました。

なつかしい。

といいつつ、
私、人の顔を覚えるのがとても苦手で
一度きり、そして、期間が空いてしまうと、簡単に忘れ去ります><
今回も、振る舞いからは、どこかでお逢いしたことがある
と観じさせて戴いていたのですが
すっかり失礼をしてしまって、あるヒントで思いだせたのでした。

演奏会の後もいろいろなお話で観じさせて戴くものがありました。
またこうしてつながれることも、とても嬉しくありがたく想いました。


その後は、フラワーエッセンスの個人講習の1回目。
ヒプノ講習のときもそうですが
ベースとなる部分はきっちり押さえつつも
肉づけ的な部分のお話は、人や時期が変われば
そこから共振されて出てくるお話もおのずと変わってきます。
今回もなかなか興味深いひとときとなりました。

正直、私自身もなにが出てくるかわからないので、いつもお楽しみ。
そのときになってみてようやく、今日はこれか~、といった具合です(笑)
今回は『変換さん』に通ずる部分を強く観じさせて戴いて
フラワーエッセンスというツールを通してアウトプットさせて戴けることに
改めて感謝した次第です。

フラワーエッセンスを気軽に使ってケアできる人が一家にひとりいるだけで
世界は変わっていくと思うから。
内なる平安に満たされた人が増えていくよう、微々たる貢献は続きます。

フラワーエッセンスの癒しや変容の力に興味をもたれる方の中には
お仕事にしようと思われる方、お仕事にされない方、さまざまだと思います。
先日の資格のお話ではないけれど
肩書きを大きく掲げなくてもサポートはできます。
実際に、大切な誰かのために役立てて戴けることを
何十万もかけずに済むようにお伝えしていきたい。
まだまだマイナーなフラワーエッセンスだけれど
とっても素敵な自然のめぐみです。
こつこつと広めていきたいと改めて想ったひとときでした。

結局のところ、人は人を癒してあげようと思って癒すことはできないもの。
人とのかかわりの中から
また、なにかのできごとを通して
それらのエネルギーの共振によって起こる自らの気づきが
癒しや安心や平安につながります。

フラワーエッセンスは、人智の及ばないレベルから
わたしたちの内面の深い部分へ働きかけ
気づきをもたらしてくれるお花のエネルギー(気)。
形状はボトルに入った液体ですが、自然界の愛が詰まったものです。

オーストラリアの先住民のアボリジニの方々が行う
こころやからだの不調和なエネルギー(傷ついたこころやからだ)を
大地に還して、純粋無垢な状態に生まれ変わる
『ピットヒーリング』というお花を使った癒しの儀式があります。
フラワーエッセンスを使ったセッションは、形式は異なれど
古来の伝統儀式が、時を経て、現代のわたしたちにもたらされています。
自然への回帰、大いなる恩恵に改めて気づかせて戴ける機会を
今の時代にもっともっと広げていけたら素敵だなと思いますし
今まで以上に役立てることができる、と観じています。


めずらしく本業について熱く語ってしまいました。
たまには、こういうのもありかな。


帰宅したら、平床さんが届いていて
翌日から、平床&木枕さんで寝ています。
木枕さんを導入したときよりもすんなりとなじんで
とても気持ちがいいです。



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2010年07月08日

青い宇宙の猿
12
13
青い猿
存在 持ちこたえる
越える 魔術
遊ぶ 幻想
KIN 91



くりすたりうむお引越し


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ブログをお休みしていた間に
くりすたりうむは無事お引越しを済ますことができました。

当日は、夕方からの便だったので
ランチはTUKTUKさんのベジカレーを戴いてきました。
いつでも来れるくせにね、なんとなく食べ収めな気分でした。
たぶんまた行ってしまうと思うけれど、一応区切りの意味合いを込めて。
(こちらではこれしか食べたことないのですが、かなり好きなカレーです。
なんでも12種類くらいのハーブやスパイスが入っているのだそう。
これをいつかおうちで再現してみたいものです。)


この日は非常に暑かったので
お水や柿茶など、十分水分補給はしていたけれど
おそらく塩不足、ちょっと熱中症気味で移動してきました。
手先や舌先にちょっとしびれを感じていたこともあり
搬入前に塩をたっぷりかけたすいかを、駆けつけ1杯ならぬ駆けつけ1/8個。
そして、搬入後も1/8個、さらに寝る直前も1/8個(笑)
なんとか大事に至らずにすみました。
皆様もどうか、これからの季節涼やかにお過ごしくださいね。

さて、ここからはこれまでの記録を兼ねて振り返ってみます。
心をこめて創りあげたところだから
ちゃんとありがとうをして進んでいきたいので。
(クリアリングです。)

最初の内見のときのようす。
もろ事務所仕様です(笑)

場所とのフィーリングを感じて即決。
このときはまだ内装のイメージはありませんでした。

07-07-06_18-45.jpg


セッションのお部屋になるところ。


07-07-06_18-47.jpg


入口から見たところ。


07-07-06_18-451.jpg


入口を見たところ。


07-07-06_18-46.jpg


ミニキッチン。

リフォーム会社さんからの提案がなかったこともあり
自分でイメージを書いてみたりもしました。


07-10-11_00-11.jpg


セッションのお部屋。
真ん中にアーチの下がり壁。


07-10-11_00-241.jpg


セッションのお部屋とエントランスを分ける間仕切り壁が
このときはまだとってもごっついイメージ。
なんか段段をつけたかったんですよね(笑)
入口にはニッチ。


07-10-11_00-10.jpg


全体図。

室内にいながらにしてミコノス感(ギリシャ風)を味わえるには。。。
と妄想はふくらむばかり。
ギリシャは未だに未踏の地なのですが、こんなにも駆り立てられ
ぶれずに進んでこれたのは、なにかに導かれていたからかもしれません。

そういえば、中学の美術の授業でよく突拍子のないものを創ってたなぁ~
と思いだし、その延長線上のことをやっているのかもしれないなぁ~
と思ったりもしていました。

次第に、セッションルームとしての機能
たとえば、適度な明るさや圧迫感のないようになどを検討しているうちに
現実的な方向へと落ち着いてきました。


07-11-01_02-25.jpg


真ん中に配置していたアーチを一番奥に。
ちょっと教会のようなイメージにも。


07-10-24_18-30.jpg


間仕切り壁もアーチにしたことで統一感が出ました。
その横にニッチも配置。


07-10-24_18-33.jpg


入口を入って右手も扉をつけて間仕切りました。
この扉はアンティークで
ミニキッチン&トイレを間仕切った扉とおそろい。


07-11-01_02-23.jpg


全体図。

そしてこんな風に仕上がりました。


crystarium1.jpg


最初はこんな感じで


Image174.jpg


半年ほどしてから、アルケミークリスタルボウルを置く台も設置。
アーチの後ろの照明の夕焼けっぽくなるところが気に入っていました。


から戴いたイメージも多少取り入れることができたかな。
いかがでしょうか。


07-10-24_18-41.jpg

07-10-24_18-45.jpg


crystarium2.jpg


ニッチは少し小さめに。
ソファもここに置いていたのは最初だけで
奥のお部屋で活躍していました。


CIMG1550.JPG


結局、入口のニッチは却下することにして正解でした。
オーストラリアのワイルドフラワー(バンクシアのブーケ)の絵を飾り
すっきりとお迎えできました。


CIMG1555.JPG


ミニキッチン。
こちらも独特の世界観を出すことができました。
きっかけは、吉原理映さんのこちらこちらの本。
感銘を受けてすぐにそれを実行できる環境にいたことは
私にとってとてもラッキーなことでした。
珪藻土で壁を手塗りしようと決めたのも彼女の影響。
まるまる1週間かかりましたが、とても貴重な体験で
また機会があるなら、またやってみたいですね。
偶然、こちらと同じ形の照明を
中目黒のアンティーク雑貨屋さんで見つけたのも素敵なシンクロ。


CIMG1538.JPG


トイレはネオレスト。
扉を開けると自動で蓋が開くので、よくびっくりされていました。


crystarium10.jpg


平面図で見るbefore・after。

そして、お引越し当日。
全部荷物が出払った後、記念に撮りました。
なんにもないのは、内見したとき以来です。


2010.6.28.3.jpg


セッションのお部屋さん
どうもありがとう


2010.6.28.4.jpg


間仕切り壁さん
どうもありがとう


2010.6.28.5.jpg


エントランスエリアさん
どうもありがとう


2010.6.28.6.jpg


ミニキッチンさん
どうもありがとう


2010.6.28.8.jpg


ネオレストさん
どうもありがとう


2010.6.28.7.jpg


プライベートスペースさん
どうもありがとう

たくさんたくさんありがとうを言ってから後にしました。


この内装を気に入ってくださる方とのご縁にめぐり逢えたら素敵だな
と想いを馳せつつも、明日は大家さんと仲介業者さんと打ち合わせ。
しばらくそのままで募集をかけて戴けるのか、即原状回復を求められるのか。
きっと、ちゃあんと必要なことが起こるのでしょう。



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2010年07月09日

黄色い磁気の人
13
1
黄色い人
目的 統一する
引きつける 自由意志
感化する 知恵
KIN 92



蓮さんからのサポート


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雨のすき間を縫いながら、ちょこちょこお散歩は続いています。
運動という意味では少ないながらも
またはじまる『1日のはじまり』との調整の意味で
目的は達成されています。


先日の蓮さんは、お散歩経路のお寺で撮ったもの。
花びらが散ったあとの花托さんを毎朝なでなでするのが最近のお気に入り。
ちゃんと実感できるくらいの早さで日に日に大きくなっていくことに
とても感動しています。

ちなみに、いちごの赤いところ(私たちが食べている部分)も
花托さんなのですって。


2010.7.8.3.jpg


さて、かったるいのを理由にお散歩経路を変えたら
睡蓮いっぱいの池を見つけました。
脚立を使って写真を撮っていらっしゃる方がちらほら。
6時前なのに脱帽です(@@)
そして、私は相も変わらずの携帯撮影。


2010.7.8.1.jpg


昨日撮ったのが


2010.7.9.1.jpg


今朝にはこーんな姿に。
たまりませんね~。
大賀ハスさん、麗しすぎです。

感動。


2010.7.9.2.jpg


全部開ききっていないところに艶めかしさも観じられます。

花びらの内側につれて白くなっていくところなどは
『その先にある向こうの領域へのいざない』のようにも観じられ
存在しているのに存在していないようなつかみどころのない不思議な感覚に
なんとも懐かしく、ずっとながめていたい想いに心を奪われます。


今回はじめて知ったのですが
なんでも、睡蓮さんと蓮さんは別物だそうで。


それから、ワイルドフラワーエッセンスの88種類の中に
パープルニンフウォーターリリーというお花があります。
(花カードの画像ではこちらも蓮さんのように見えます。)

このお花の特性は、付帯条件のない純粋な愛(無条件の愛)で
献身的に奉仕できるよう、心を自由に解放してくれます。
『相手から満たされたい』(うばう発想)がなくなるので
サポートする側と受け取る側
両者にとってすばらしい恩恵がもたらされます。


2010.7.8.2.jpg


カルガモさんたち。
左上の突進中の2羽は思いがけず写り込みました。
かわいい。

彼らの着水のさまもはじめて見ました。
飛行機のランディングよりも芸術的。(当たり前か)



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2010年07月11日

白い電気の魔法使い
15
3
白い魔法使い
奉仕 活性化する
つなぎとめる 永遠
魅惑する 受容性
KIN 94



セックスを通して見えてくる『パターン』の先にあるもの


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なかなかきわどいタイトルなので
なにごとかと思われるかもしれませんが
先に言っておくと、まったくエロい話ではありません。

先日のチャイルドマインダーの件で書いたこととも共通しますが
セックスについては、なかなか真実が語られていないな、と
ずいぶん以前より常々感じています。

とかく、セックスという単語自体がとても抽象的なもので
(性交という単語はまさにその通りであるものの
そのもう少し先にあるもの、は包含されていないと観じています)
変に美化されたり、または卑猥なものとして扱われたりして
ナチュラルに語られない
どこかとらえどころのないもの、といった印象を受けるからです。

とあるきっかけから、このことを書くことにしました。
本当はもう少ししてからアウトプットする心積もりでいたのですが
今、私が取り組んでいること(くりすたりうむのこと)の
根底に流れている部分をそこに観てしまったからです。
(実は、かなり早い持間に床に就いたのですが
少し睡眠が浅くなって半覚醒状態になったときに
次から次へと言葉があふれ出してきたので
やはり今がタイミングらしい、と起きてきた次第。)

簡単にあらわすなら
セックスという本質の一片を成すものだからこそ
そこにパターンとして存在するものを見つけやすい、ということ。
常にイメージ先行であるがゆえに、大きく膨らんだ期待感が
期待以外の結果(ギフト)を快く受け取れなくしている
ということのふたつ。

コミュニケーションという技術は
学んで身につけることで高めていけますが
この部分は私がフォーカスしたい部分ではないので
それは得意とする方に任せたいと思います。

私はもうちょっと漠然としたところ
でも非常に重要なのではないかと観じることを
日々の中で心がけていけるようなことを書いていこうと思っています。
まぁ、日々のブログの中にも普遍的にあるものですけれど。

セックスというコミュニケーションへの認識のゆがみが
どのようなことからつくられていくのかは千差万別だと思います。
その方ごとによってバックグラウンドが異なるので
当然のことながら、同じ悩みを抱えていたとしても
アプローチ(たとえば、セッションの際に選んで戴く花カードなど)が
完全に一致することはないでしょう。
また、なんのブロックもない理想的なセックスに対しても
認識や理解、価値観などもまた完全に一致することはないでしょう。

そもそも、最初にセックスという言葉を知ったのは小学校6年生のころ。
それを発した子(女子)に、それはなんなのか、何を意味するのか
いくら聞いても逃げ回って、結局教えてもらえませんでした。
(まぁ、多感期であるし、その当人にだってそれほどの知識や理解があった
とは思えないので当然といえば当然。)

上記の問いへの解は、後に知ることとなりますが
なぜだか意識のもう少し深い部分から漠然と湧き上がる
『なぜ彼女は避けるのか』の部分の方に
より意識が向いていたように思います。

そのときだけに限らず
なんとなくいつも、照れや後ろめたさ、いかがわしさなどから
『うやむやにされてしまうもの』という印象があって
ちゃんと把握できないもどかしさがありました。

つまり、ニュートラルにとらえられるように導くことができる人がいない
そういうことだったのだと今はわかります。

なので、興味の対象は、いわゆる常識としてあるような『興味』とは
少ーしニュアンスが違っていたようです。
かといって、特に早熟だったわけでもなく
人並みの時期にプロセスを踏んでいったわけで
知るために無茶をした、ということはないので、あしからず。

さて、ずいぶん大人になってから気づいたことですが
私は、父とも母ともこのテーマについて
深く話してみたことはありません。
とかく母は、この手の話題をあえて避けているような気さえしていました。
精神性が高いゆえかもしれないけれど
もしすべてにおいて本当にそうなのであれば
話題がどんなことに及んだとしても
次元の高い・低いを自由に行き来することができるしなやかさが
備わっていてもよいのかなぁ~という部分をそこに見ました。

たとえば、ブラッキーコムというフラワーエッセンスがありますが
知的に優れている者がそうでない者より本当に優れているかというと
(ある基準でのみ評価しているだけなので)決してそのようなことはなく
優越感の代わりに謙虚さを
そして、それぞれのもつすばらしい価値に開いていける寛容さを
育んでくれるエッセンスです。

なにかがよくてなにかがだめ
なにかが正しくてなにかが正しくない
なにかが聖でなにかが邪
といったことはすべて
そのような枠・ものさし・概念などといった言葉であらわされるように
意識無意識にかかわらず、自身の中につくられた
価値判断をはかる『基準』をもとに
その範囲内でどのようであるかを『自身で決断している』といえます。
(この、枠・ものさし・概念に値するものをいっぱいもっていればいるほど
それが強固であればあるほど
生きづらさなどの窮屈感として自覚できるのではないでしょうか。
また、それがあればあるほど、未だ知らぬ自身の『アイデンティティ』が
新たに確立していく可能性を秘めているともいえます。
こちらもまた非常に興味深い話だったりします。)

少し脱線したので戻ります。

よくわからないだけに、定義づけも抽象的になりがちです。
ということはつまり、私たちはともすると振り回されやすい
情報があふれているだけにおぼれやすい、ともいえます。

たとえば、an・anなどで組まれるセックス特集や
AVや官能小説などのようにあまり現実的でないものが
『ハウツーもの』として
私たちに植えつけられたりすることはたぶんにあると思います。

恋愛というくくりの中にセックスが含まれないことはまれだと思うので
ダイエットや美容、ファッションなどに関するものの
『欲求の原動力』になることも多々あることでしょう。
どこか素敵なところで食事をする、旅行をするなども
その前提の上に行われることもあるでしょう。
(もちろんすべてではないと思います。)

セックスは究極のコミュニケーションといわれることもあります。
たとえばキスひとつとっても
唾液というエネルギー(仙道では、唾液も精液も精=エネルギー)
を交換することによって
コミュニケーションを果たしているし
セックスにおいても陰陽の融合です。
定義は異なってしまうかもしれませんが
個人的には、キスだけでセックスが成り立つように
観じられることもあります。
(キスがうまいとかそういった話をしているのではないですよ~^^)

また少し脱線しますが
私が教えをしているヒプノのクラスの次の段階には、内丹術も含まれます。
ヒプノセッションで自分自身の気を高めることができるのは
ある意味、過去世を見たり、インナーチャイルドと逢ったりするのとは
趣が異なるため、非常に興味深く思っています。
これからはどんどん、自分自身でコントロールできるようになってくるし
いわゆる修行と呼ばれるプロセスを経なくても
その域に達することが普通になってくる、と観じています。

また、私はローフードをそこそこ摂り入れる生活をしていますが
素材自体の酵素や補酵素
なによりも素材そのものの生命力を非加熱の状態で戴くことによって
実感することができる『エネルギーを戴いている感』は
加熱のそれとはまったく異なる体験であって
それはほとんどのローフーディストにとって周知の事実でしょう。

消化のためによく噛みなさい
とはよく言われることだけれど、それだけではなく
よく咀嚼することによって
唾液というエネルギーが食べ物の中から気を引き出してくれています。
同じものを食していても、早食いの人よりも食べるのに時間がかかる人の方が
実はそのような恩恵も得ています。
と知りつつも、のんびり戴くことができないことがあるのもまた事実。

唾液ついでに。

唾液を道端に吐く方をときおり見かけたりしますが
自身によってつくられたエネルギー(精)を捨ててしまうのは
非常にもったいないことです。
たとえば自慰行為で気を放出してしまうのも同様だとされています。
(しすぎな人の目はえてして虚ろです。)
これは、抑制した方がいいといったことを言いたいのではなく
自分に必要な分のエネルギーはちゃんとつくりだすことができ
自身で満たすことができる、という意味です。

また、つばを飲み込むときには、下丹田に収める意識をもつとよいでしょう。
フラワーエッセンスを摂るときは
舌下に垂らす方法がとられることが多いですが
そのときもフラワーエッセンス(お花の気)を
丹田に収めるように飲み込むのはおすすめです。

あと、普段は大丈夫なのに、緊張する場面で唾液が出なくなって
口の中がからからになった経験をお持ちの方もいらっしゃると思います。
生命力がある人ほど、生命エネルギーが強いといいます。
(たとえば、消化機能が高まってきた赤ちゃんのよだれはすごいですよね)
ストレス大敵、といいますが、こんなサインからも判断できるのですね。

そういえば、あまり自覚はなかったけれど
私は、飲み物がなくてもぱさぱさしたものを苦もなく食べれるタイプです。
そうか、どうやら生命エネルギーは強いらしい^^
かといって、乾いたものは焼いたものや揚げたものに多いので
今度はそういった意味での影響で
生命エネルギーが下がることもあるかもしれません。
私たちは、いつでも、さまざまな影響のもとバランスをとっているのですね。

さてと、また戻ります。

通常、私たちが行うコミュニケーションは
言葉という言霊のエネルギーと
態度や雰囲気などの非言語的なものから感じ取れるエネルギーで
コミュニケーションをしています。
(すべては波動でできているので
どのエネルギーとどのように共振するかということ。)
この部分はセックスに含まれている比率としても高いはずなので
体感としてもわかりやすいのではないかな、と思います。
数値としてあらわすことはかなわないけれど
このコミュニケーションがうまくいかないと、共振していない実感
なんらかの不調和を感じられるのではないでしょうか。

セックスに自信が持てない、ということもよくある話です。
実際、そのことが非常に深刻な問題となっていることもあります。
当人が問題の原因とみなしているもの(≠問題)を
器質的なところやこころに押し込んでいることがほとんどですが
それはあることに気づくためのメッセージとして
『セックスに自信が持てない』という形で
表面にあらわれているといってもよいでしょう。
セッションを通して、ある枠組みを自身に強固に強いてしまっている
(原因となる)できごとが浮かび上がります。

たとえば、セックスからやや離れた
やせたい・きれいになりたい、がテーマのときも
では、なぜ今のままではだめなのか
の部分が照らし出されるといった具合。
人生を困難にしている枠組み(心ぐせといわれるものも同様)は
これまでの適切でなかったコミュニケーションによるダメージから
自分を守るために形づくられたものである、といえます。

セックスで要望を伝え合ったり、感想を言い合ったりなど
すべての人が愛をもって適切に行えるかどうか、というと謎です。
シャイな方であれば、相手に汲み取ってほしいと望むかもしれないし
ストレートに伝えることで
デリカシーがないレッテルを貼られてしまうかもしれません。
パートナーになるすべての人が同じパターンを持っているとは限りませんが
今度はうまくいくようにと(以前うまくいかなかったやり方はしまいこんで)
その都度工夫をこらしていくわけです。

その結果、自分本来のナチュラルさが保たれているかどうか。
どうでしょう。

自己肯定感がもてない
異性とどのように良好な関係を築いていけばよいのかわからない
などの生きづらさや孤独感
そんな大袈裟なことではなくても
ちょっとした違和感、こんなはずではなかったのに、という想いは
果たしてゼロだと言い切れるでしょうか。
ゼロでない場合、そして、工夫をこらしていくことが難しく感じられるときは
とりあえず、いっときをしのぐための枠組みがつくられ
本来の自然体からは離れていきます。

よくスピリチュアルなどで目にしたり耳にしたりする『ありのまま』
解釈はさまざまだと思いますが、私自身が観じるのは
ヒプノセッションの導入部で体感できるゆったりとした状態です。
アルケミークリスタルボウルの音に包まれているときなども
同様の状態に導かれます。
具体的には、ちゃんと意識はありますが
細やかなことが気にならなくなり寛大な気持ちになれる。
意識が拡大していく。
愛が開かれている状態といってもよいでしょう。
そういった状態を味わってはじめて
対極(通常の状態)を感じることができます。

朝、目が覚めて、まどろんでいるときのような状態にも近いので
イメージしやすいと思います。
そのような状態で相手をジャッジしたり
いじわるを言ってみたり
自分の型に相手をはめこもうとしたり
などの経験をお持ちの方は、なかなかないのではないでしょうか。
寝た気にならないくらい緊張感のある方においては
目覚めてまどろむほどの余地がなく
目覚めた瞬間にお悩みが頭をもたげてくることはあるかもしれませんが。

セックスもある意味、いやまさにヒプノ状態です。
(もちろんそうでない状態で行うことも、ときにはあるかもしれません)
愛が開かれているときに
愛のエネルギーを与え合うコミュニケーションを行うというのは
すごいことです。

いわゆるテクニックに執着することや
同意のないまま官能に働きかける/かけられる(うばう/うばわれる行為)は
いかに官能的だったとしても
非常に暴力的である可能性があることも否めないものです。
なぜなら、自分が望むことが必ずしも相手が望むこととは限らないからです。

『ありのまま』を保持した状態で、人生に取り組んでいきたい、と
トライしている今日この頃です。

かなり眠くなってきました。

エロくなく、自分の内側から出てきた言葉で
その本質を探っていける自由があることにしあわせを観じます。
とても奥が深いものだけれど、実にシンプルなことだから
それが内側に沁み渡れば、自ずと関連する枠組みは外れていきます。
いわずもがなですが
これは私のなかにある枠組みの中から出ていているものなので
別の枠組みをもつ人からすると、まったく真逆であることもあるでしょう。

誰かと戦ったり傷つけたりする気はまったくないけれど
これを読んだ誰かの内面深くを揺さぶってしまうこともあるかもしれません。
そうしたら、揺さぶられて出てきたなにかが自分自身に
どんなメッセージを投げかけてくれているのか
ちょっと耳を澄ましてみるのもありかもしれないですね。
(もちろん無理にする必要はありませんよ。)

思いつくがままにつらつらと書いていったため
まったくまとまりがありませんが
後から修正してみたり、また書き連ねていったりいするかもしれません。
最初にアウトプットしたかったことは意図的に外したので
こちらはまた後日機会ができたら書くつもり。

今日は限界。



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2010年07月14日

赤い律動の地球
18
6
赤い地球
同等 組織する
つり合わせる 舵取り
進化する 共時性
KIN 97



新たなはじまり


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ご訪問ありがとうございます。

告知が遅くなりもはや事後報告となっておりますが
お蔭様で先週末、移転後はじめてお客様をお迎えすることができまして
無事開店することができました。
ありがとうございます。

それぞれのお花がそれぞれ個性があり魅力的であるように
私たちひとりひとりの魅力も最大限に拓かれていったら素敵だな
いろとりどりのお花が咲いているお花畑のように
調和した世界になったらいいな

こんなイメージがどんどん具現化していくよう
くりすたりうむにできる働きかけ(発振)を精いっぱいさせて戴きます。

どうぞよろしくお願いいたします。


2010.6.6.5.jpg


近所のお寺にある大黒さま。
大黒さまは、大国主命(おおくにぬしのみこと)以外にも
たくさんのお名前をもつ神様。

打ち出の小槌には、それでいいよと相槌を打ってくださったり
今が考えや行動を変えるタイミングだねと、とんとんと合図をくださったり
背負っている大きな荷物や足元の大きな俵には
人生の足かせとなるものや心の重荷を引き受けてくださっている
という意味も込められているそうです。

こんな素敵な笑顔でそれだけのことができてしまう大黒さま
すばらしすぎますね。



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2010年07月15日

白い共振の鏡
19
7
白い鏡
調律 通す
呼び起こす 果てしなさ
映し出す 秩序
KIN 98



梅シロップから梅酵素に変身中


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こちらを拝見して梅シロップをつけることにしました。


2010.6.23.5.jpg

いつもの通り(!)思いつきだったので
普通のスーパーで売っている梅を使用。
お砂糖はてんさい糖です。


梅・てんさい糖ともに2kgずつ
大きいガラス瓶がなかったので、ガラス質の特性をもつホーロー容器
野田琺瑯さんを使用しました。

プラ製の容器と違ってにおいがつきづらい
化学物質が出ない
雑菌が繁殖しづらい(表面に傷がつきづらい)
火にかけられる
大好きなホワイト
かわいいけれどシンプルなフォルム
いろいろな面でこのシリーズはお気に入りです。


実は、この画像の時点ではてんさい糖は1.5kgしか入っていません。
てんさい糖が750g入りだと知らずに2袋買い、帰ってから足りないことに気づき
後日買い足したのでした。
この野田琺瑯さんの大きさは、多少てんさい糖が溶けだしてから
残りの500gを入れてぴったりの大きさです。


2010.7.5.1.jpg


そのまま放置で12日後、梅くんたちがおめみえになりました。

そして、なぜかここから梅酵素にすることに。
(やりかたはりょうやくんに教わりました)


最初から梅酵素にするには
まだお砂糖がじゃりじゃりしているころから(一番上の画像)
毎日手でかき混ぜるのだそう。

私は、スタートが遅かったこともあって
液体の底に沈澱しているお砂糖を混ぜる程度の楽々まぜまぜ。
かきまぜる感触はいつもとっても気持ちがいいです。

ちなみに、お砂糖は普通の白砂糖の方が発酵力がよいとのこと。

この梅酵素にするタイミングで、いきいきペールくんに移し替えました。
いきいきペールくん効果も楽しみです。
(比較対象がないので違いはよくわからないと思いますが
おいしくできればそれでいいかな^^)


2010.7.15.1.jpg


それから10日後の今日。
まだ2cm弱ほど沈澱するお砂糖がありますが
日に日に液体にとろみがついてきています。

ここからは、常温自然放置。
通常、梅くんたちはこの段階で取り出されるそうなのですが
様子を見ながらもう少しこのままにしておくつもり。

できあがりの見極めはよくわからないそうですが
シロップよりも酸味が強めになったらでよさそうなので
観察を続けていこうと思います。(夏休みの宿題のようだ)
発酵の証しのような、ちょこっとしゅわしゅわ感も楽しめたらいいなぁ~。



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石ともさんと葉菜さんへ


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先日、石ともさん葉菜さんへ行ってきました。
前回から、約1ヶ月ぶりです。(5回目)

今回は明るい時間にお邪魔したので画像つき。

はじめに、春の野草酵素と梅酵素のドリンクから。
春の方はいろいろ入ってて複雑なお味、前回のときより味が濃厚になっていました。
梅の方は、季節に合っているさわやかさがよかったです。


2010.7.10.1.jpg


そしてサラダ。
お母さんの節さんに、前回と同じドレッシングですみませんとお声がけ戴き
お心遣いが嬉しかったです。
本当に優しいお味なので、何度でもかまわないです~。(と心の声)


2010.7.10.2.jpg


ハンバーグとピザはシェアして戴きました。
ピザは、毎回クラストもトッピングも変わるので
シェフのクリエイティビティが楽しめるメニュー、と勝手に思っています^^

ハンバーグは、本当に加熱ハンバーグのような見た目。
お肉臭くないハンバーグ、ばんざーい♪

いつものひそかな楽しみである、メインを飾るお惣菜たち。
これ、絶対デパ地下で売れる、と思っています。


2010.7.10.3.jpg


下記は、石ともさんとご一緒したことでお相伴にあずかることができた
プチロースイーツ。
メニュー名がなんというのかは伺いませんでしたが、絶品でした。


2010.7.10.4.jpg


満足したはずが、少ししてからやっぱり頼むことにした抹茶ティラミス。
ベース生地のないタイプのティラミス、抹茶味のロースイーツ
ともにお初だったこともあって外せなかったのかも。
これまた美味でした。
早速おうちで試してみよう、と心に決め、堪能させて戴きました。


2010.7.10.5.jpg


帰り際、納豆を戴いて(こちらもお相伴)お店を後にしました。
ナチュラル●ードさんで買うより50円ほどお得だそうです。
いろいろな種類があるようなので
今度伺ったときにいくつか試してみたいと思います。



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2010年07月16日

青い銀河の嵐
20
8
青い嵐
無欠性 調和させる
型どる 自己発生
触発する(触媒作用) エネルギー
KIN 99



フラワーエッセンス講習とロースイーツ


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先日は、前回に引き続き、フラワーエッセンスの個人講習の2回目でした。

1回目は、ワイルドフラワーエッセンスとはどのようなものか、についてと
こころのしくみとしあわせについて半分くらい進めていきました。

私たちはどんな人でも
いつでも何かを選んでいて
『いま』のつながりがやがて1時間になり1日になり1年になるように
その方の『選択』のつながりが『いまの自分自身』をつくっています。

選択の基準は、いつでもどんなときでも
『しあわせになりたい』が大前提です。
たとえば、あるときちょっとうまくいかない結果
(できごと、人間関係、こころやからだの調子etc.)になったとしても
そのときの選択は
『よかれと思って(よりよい方へと願って)』選んでいたはず。
その『よかれと思って』が、しあわせ(望み)につながらないのであれば
すでに方法論を超えたところにある、心のパターンについて
ちょっと見直してみるよい機会かもしれません。

ということで、こころのしくみとしあわせについて
いろいろな法則に触れていきました。
ここには、お金のことも含まれています。


さて、今回は、前回の続きとしあわせエネルギーについて、と
それに関する課題、そして、ワイルドフラワーを色別に分類し
ワークも取り入れながら理解を深めていきました。

前回の続きは、『選択』を妨げたり調和をうばう『葛藤や対立』について。
これ、私たちが生きていれば必ず誰でも経験があると思いますが
これほどエネルギーを食うものはないんじゃないか
というくらい『葛藤や対立』はエネルギー食い虫さんです。

言い方を変えると
これさえクリアしてしまえば、しあわせを妨げるものはない
ということを学んでいきます。

うん、非常にシンプルなお話です。


次は、しあわせエネルギーについて。

たとえば、誰かがのどが渇いて困っていて
自分はコップにお水が半分ほど入っているものを持っているとき
もし、のどの渇きを感じていないときは、のどがからからのときよりも
その人に差し出すことがずっとずっとたやすいと思います。

人生のさまざまなことも同様
自身がエネルギーに満たされているときは簡単にサポートすることができ
反対に、エネルギーが枯渇しているときは、是が非でも欲してしまいます。
なぜなら、それだけ危機が迫っていて
生命の危機が危ぶまれているからです。
そのため、枯渇しているにもかかわらず与え続けてしまうとき
それは心身のどちらか、または両方に障害をきたします。
(軽い症状から重篤なものまで、それらは不調や病気としてあらわれます。
それだけ、自覚してほしいと強烈なメッセージを発しているしるし。)

普段から私たちは、元気なときと疲れているとき
いいことがあったときといやなことがあったとき
そこにはエネルギーの違い(有る無し、多い少ない)
が感じられると思います。
エネルギーが足りないとき
私たちは、十分足りているときよりもしあわせでしょうか。
そのあたりのことを深く学んでいきます。

このように書き連ねていくと
なんだか、『変換』さんのうばうとサポートする
について紐解いていく実践講座みたいです。
(そんなこといったらおこがましいかな)
うばってしまうのか、そこにどんなシステムが動いているからなのか
では、どうやったらサポートできる自分に変われるのか
どちらかというと本には抽象的に書かれているように感じるので
私自身、改めてそっかぁ~と思うところがたくさんありました。

最後に、お花を色のグループに分けて学んでいくのは
88種類ものお花を単発で学んでいくよりも理解が深まるからです。
進捗は2/8種類。つづきはまた次回です。


2010.7.15.2.jpg

お講座の途中でお出しした抹茶ティラミス。
超パクリです~(笑)

奥にあるのは花カード。
お悩みや願望実現をサポートしてくれるエッセンスを選ぶのに用います。
テーマに関する強い感情のエネルギーと共振するエネルギーをもつお花が
そのときのサポートにぴったりなのですが
それを的確に選定できる協力ツールです。

フラワーエッセンスはバッチフラワーが一般に広く知られていますが
ディープなテーマをお持ちの方は
潜在意識からチョイスできるワイルドフラワーエッセンスの方が
変化している自覚が得られるフィードバックをよく戴くことから
相性という意味でよいようです。
バッチはすでに自覚しているものがテーマの場合に向いているようですね。
蛇足ですが、テーマや目的に合わせてお選び戴ければ
どれも適切な結果が得られますので~。



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オルセー美術館展に行ってきました


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2010.7.16.1.jpg


今日、乃木坂にある国立新美術館に
オルセー美術館展を見に行ってきました。

オープンと同時に入館。

美しいものを内面に沁み渡らせたい方で大にぎわい。
観覧というよりもお祭りのような人口密度の中
時を超えたひとときをしばしの間、楽しんできました。


2010.7.16.2.jpg


パンフレットのある一部分。
(わざと画質を悪くしてますが、まずかったら消す予定。)
名前は存じ上げなかったのですが、印象的だった3作品。
こころの中の安らぎのような広がりのようなもの(それって愛よね)
が観じられて、とても心地よかった感覚が今も残っています。

言わずもがなですが、もちろんすばらしいものばかりだったので
挙げはじめたらきりがありません。


2010.7.16.3.jpg


購入したポストカード。

上のモネは、色合いはさほど変わらないのに
なぜここから舟とわかって、なぜここから水の透明感が感じられるの?
という素朴な問いに、しばらくじーーーーーっと眺めていました。
紙や写真ベースになるとその違いがさらにわかりやすく感じられますが
現物は本当に微妙な違いで、かなり近寄ってみましたが
結局わかりませんでした(笑)
まぁ、わからないくらいでちょうどよくて
漠然と感じるすばらしさを言葉にしないで観じるよさを
ふわふわと楽しんでいました。
絵画というエネルギーとの共振ですね。

下はヴュイヤールの作品。
すやすや眠り波動の平安さとシンプルなかわいさが気に入りました。
芸術品でありながらも
おうちにちょこっと置いておくのに、まったく違和感なく調和しています。


8月16日(月)まで開かれているそうなので
ぴんとこられた方はぜひおでかけください~。

それにしても。


ピピカソがエンドレスで離れません~。
(上記までとまったくテイストが異なります。)

とってもおもしろい曲だけれど
ものごとの本質に迫る、非常に奥の深い歌詞だったりもします。
大切なことは、いつのときもシンプルであり
シンプルであるがゆえに、難しく感じられるものなのかもしれません。




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2010年07月17日

黄色い太陽の太陽
21
9
黄色い太陽
意図 脈動させる
実感する 普遍的な火
照らす(啓発する) 生命
KIN 100



アーグッタさんでランチを戴いてきました。


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美術鑑賞の後
今月オープンしたアーグッタ(Argutha)さんのカフェ(1F)に
お邪魔してきました。


2010.7.16.4.jpg


奥のショーケースのところで
最初に注文を済ませてからテーブルへ。(後会計)

伺ったときはちょうど貸しきり状態で、のーんびりできました。


2010.7.16.5.jpg


ベジタリアンカレー以外のほとんどのメニューを注文したのではないかな。


2010.7.16.6.jpg


キャロットジンジャービーツジュース(画像無し)
サラダ&おそうざい全品(8種類)プレート+自家製コーンブレッド
玄米クラストのキッシュ、スープ+サラダつき
豆腐のリコッタチーズドリア単品

サラダは左上から時計回りにぐるりと
チリコンカン
コールラビとグレープフルーツのサラダ
白花豆のサラダ
マッシュルームのバルサミコ煮
ビーツとヒヨコマメのフムス
キヌアのスパイシーサラダ
ラタトゥイユ
そして、真ん中は、メロンとフェタチーズのサラダ

これらをぜーんぶふたりでシェアして戴きました。
量は、これでちょうどぴったりくらいだったかな。
(最近胃が大きくなってるかも、なので、あまり参考にならない目安かも)


2010.7.16.7.jpg


卵を使っているかは聞かなかったのですが
チーズは戴くベジタリアン仕様のお店でした。

ハーブをうまく取り入れられていて
ほのかな存在感を絶妙なバランスで引き出していたように感じます。
ハーブ・スパイス系はとても疎くて、自分ではなかなか試すことがないだけに
美味しく戴きながら、いろいろヒントを戴くこともできました。


今日は梅雨明け。
気持ちのよい3連休になりそうです。
部屋から見える青空と雲のコントラストが、夏を実感させてくれます。



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2010年07月19日

白いスペクトルの風
23
11
白い風
解放 溶かす
解き放つ 霊
伝える 呼吸
KIN 102



自分自身に思いやりをもつ


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今日は川崎へ繰り出してきました。
目的は『借りぐらしのアリエッティ』


だったのですが


あまりの混雑ぶりに日を改めることにしました。
普段、映画にはほとんど頓着ない私ですが
なぜかちょっと観じるものあり
ちょっと先のお楽しみにわくわくしているところです。

さて、話は変わり。


やけにからだに熱がこもるので
普段は測らない熱を測ってみたら37.5℃。
微熱レベルですが、かなり久々の感覚を味わっています。
かれこれ何年も寝込んだことがないので、いつぶりかも思い出せません。
(今も特に寝込むほどのつらさはなく、こちらを書いています。)

たまにこういうことが起こると
日頃なんだかんだ言ったり思ったりしつつも
実際は、自身が認識しているよりもずっとずっと
日々健康に過ごすことができているのだなぁ~と実感することができます。


ホント、『からださん、いつもどうもありがとう』です。


私たちはこの世に肉体をもって生まれてきて
自分という意識はこの肉体を自分のものだと
(ある程度当たり前のように)認識しているのが
一般的なのではないでしょうか。
そして、肉体は
生まれてこのかた例外なく
自らの欲望や興味のおもむくがまま過酷に動かしても
あるいは、うさばらしや自暴・嗜癖などの対象として扱っても
いやな顔ひとつせず、文句ひとつ言わず、つきあってくれています。
(限界に達した合図が、なんらかの症状や病気としてあらわれています。
『今が新しい対策を講じるチャンス♪』だと
私たちに教えてくれているのですね~。)

これは本当に本当にすごいことなのですが
私たちはなかなかこのことに気づくことができなかったり
意識できても断続的であったり。
とりあえず、目の前にある『お題』をクリアすることが
最優先になってしまうことも多いものです。
肉体が発しているメッセージを謙虚に感謝の気持ちで受け取ること
大切にしすぎてもしすぎることはないな、といつも思います。

私自身、おもいつきでいろいろなことを体験したがる
性質(比重はいつでも、見聞<体験)なので
からださんが『進化』ととらえてつきあってくれているときはよいけれど
ちょっと無理させてしまって
後から『しまった』と気づかされることもしばしば。

実感できるほどのしっかりしたサインを送ってくれるのは
いつでもからださん。
だからこそ、素直に聞く耳をもつやさしさが大切だと
最近特に感じるようになりました。


意外だったのが
『自分自身に思いやりをもつ』
がテーマだと気づいてしまったこと。

ついつい『これでもかー、これでもかー』とやっていたようです(笑)
甘やかすのと思いやりをもつのって、似てるけど違うのね。
思いやりの実践が伴うように心がけたい今日このごろ。


梅雨明けして、いよいよ夏本番。
皆様も、からださんの声に耳を傾けて、どうぞご自愛なさってくださいね。



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2010年07月20日

青い水晶の夜
24
12
青い夜
協力 捧げる
普遍化する 豊かさ
夢見る 直感
KIN 103



『知る』だけでよかったこと


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おととい、ちょっと見たドラマ
目の造作について、ヒロインが3回ほどつっこまれるシーンがありました。
はれてるだとか、奥二重だとか、なぐられたのかとか。。。
それはどれもコミカルな調子で行われていたのですが。


昨夜、このことからまたも思いがけない『気づき』を発見してしまいました。


私は、今でこそ二重まぶたですが、高校生くらいまではずっと一重でした。
そして、高校生のころに片方が
成人するくらいまでにもう片方が、自然に二重になりました。
写真で見る限りですが、私の父もそうだったので
私にとってはありがたい遺伝要素だったな、と思っています。

そもそも、幼いころは、妹がぱっちり二重だったこともあり
いつもうらやましく思っていたものでした。
今となってはほとんど覚えていないけれど
かわいい妹が妬ましい時期もあり
さらに彼女は小さいころから頭の回転がよかったので
口で対抗できない代わりに手を出していたこともありました。

だめなおねえちゃんは劣等感でいっぱいだったわけです(笑)

たまに具合が悪くなって寝込むことがあると
そのときに限って両親が
『お熱を出すとかわいくなるね』
と言ってくれました。
なぜなら、そういうときに限っていつも二重になっていたからです。
(もちろん自覚はゼロ)


歯磨きをしながらぼーっと鏡をながめていたときに
なぜかそのことがふっと思い出されたのでした。


NLPなど、言葉について学ばれていらっしゃる方はもちろんのこと
たいていの方はこれまでの経験として
言葉のもつチカラが計り知れないものだ
ということをご存知のことと思います。

ある条件下にあるときに、ある言葉を発せられた場合
もし、それを額面通りに受け取ったり
相手が想像もしないような深読み・裏読みをするような素地が
事前につくられていたとしたら。。。
具合が悪くないときはかわいくないんだ、とか
かわいい私しか愛せないから、いつも具合悪い方がいいと望んでるんだ
などと受け取ってしまうことは十分ありえます。

一般的に、親が子供をかわいく思わないわけはありませんが
子供が実感として、そのことを十分に認識できない環境にあった場合は
『いつもの元気なときももちろんかわいい
具合悪くてとろーんとした感じのかわいさもいい』
といった大前提となる部分のニュアンスが
うまく伝わらないこともありえるわけです。

そもそも、『かわいい』は
造作だけでなく、たたずまいやしぐさなどいろいろあるわけですが
小さな子にそれに理解を求めるのは難しいものです。

両親にたいして、絶えず自分のことをかわいい存在だと思っていてほしい。

そう心から望んでしまったときに、叶える簡単な方法は
いつも具合悪くいること。
体調不良でいると、かわいいと言ってくれる
(自身にとって肯定的・受容的な体験となる)から。
そして、具合悪い、は体調だけでなく
いわゆる『だめな子』としても置き換えることもできます。

たとえば
いろいろな健康法やダイエットなどの挫折をくり返し続けて
また、重い病気であれば、さまざまな治療法を試し続けて
一向に快方に向かわない理由が
もし自身の中でつくられたそのような枠組みにあったとしたら
通常、途中までよくなっていたものも
不思議なほどふりだしに戻ってしまう確立は
そうでないときよりも高まるでしょう。
なぜなら、元気になりたい、しあわせになりたい、とはうらはらに
元気になってしまっては受け入れてもらえなくなってしまう(かもしれない)
という危機に関しての強固な信念や思い込みが
ねじれのように存在しているからです。
この矛盾と、その矛盾がつくられる元となったものを解放していくほかに
この『こころ癖』を取り去ることはできません。

はたから見たら、滑稽に感じられるようなことでも
いろいろなことにがんじがらめになっている当人にとっては死活問題です。
信念や思い込みと呼ばれているようなものは
その方にとっての安全の切り札のようなもの。
もし、それ以外の良案があれば
そんなにも頑固になる必要はないですものね。
ということは、それだけその方にとっては安全・安心できる策が少ない
柔軟に対応できる能力もまだまだ高める余地がある
ということかもしれません。

安心できない状況が続くようであれば
すぐに解放とはいかないでしょう。
なぜなら、私たちは、危機状態のときはエネルギーをひどく消耗します。
たとえ一時しのぎのような策であっても、講じることによって
エネルギー消耗を食い止めるのに十分貢献できるのであれば
しばらく生き長らえることができるため、手放す必要性は生じないからです。
手放したいと願っている策が役立ってしまうわけですから
もしかしたら、脳が錯覚して、混乱してしまうかもしれません。
反対に、どんなに深刻な状況であっても
安心をもたらす根本的な策を見出し講じることができれば
何段飛びもしたかのような変貌を遂げることが可能になります。
安全はエネルギーを温存し、しあわせの体験はエネルギーをつくりだします。


今回、発熱やドラマのシーンに呼び覚まされるようにして気づいたこと。
これを機に、体調のレベルが何段階か上がっていくかもしれません~♪

メッセージというものは、ふっとよぎる程度のものから
ひっきりなしに警鐘を鳴らし続けるものまでさまざまですが
どれも、いつまでも『知らないふり』はできないものなのだなぁ~
と感じます。



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石ともさんの『ローフードを食べて、欲しいものを手に入れる方法 ~4年間の経験から~』を読んで


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石ともさん、もとい(今日はちゃんと言ってみることにする)
石塚ともさんのE-MAGAZINEを、いましがた取り寄せてみました。
ロービューティジャパン 準備-01号という名の
今回は4篇にわたる読み物です。

この『読み物』というエネルギーを通して
どんな洞察や想いが振るいだされてくるのだろう。
そんな自分自身にわくわくしたくて読むことにしました。

1篇ずつ読み進めて、観じたものを綴っていくことにします。
まずは1つ目から。

まず、私はローフードを知ってからかれこれ1年8ヶ月ほど経ちます。
今はかなりゆるーく取り入れている程度で
ローフードを摂らなければいけないという意味での真剣さは
いまは正直それほどでもないかもしれません。

(一応、やってみたいこと(『こーだろうな(甲田ロー菜)』藤丸さん風)
はあるけれど、今はちょっと保留状態です。)

最近改めて気づいて驚いたのは
きちっとやろう、と決めて、でも結局全然続かなくて元に戻っちゃった
なんてときも
ローフードをはじめる以前の食に100%戻ってしまうことはない、確信と
無意識レベルで身についちゃってるみたい、いつのまに♪、という事実を
体感したとき。
そして、ローフードではないものを戴いているときの罪悪感が
ほとんどなくなったこと。
(言うまでもなく食後は重たいですけどね)

このことは、ローフードを取り入れていること自体、よりも
とっても楽に感じていて心地のよいこと、です。
それは、ローフードに求めていることとの折り合いがついているから
だと思います。

ローフードをはじめたころは、最初はおっかなびっくりでした。
はじめて聞く食材、使ったことのない器材、火を使わないという調理法。
今となっては普通になりましたが
火を通すことによって甘くなる玉ねぎ
ほっこりとするかぼちゃやじゃがいも
青臭さがなくなるとうもろこしやスナップエンドウ
加熱の方がおいしいな、無理して生で通すこともないな
といったゆるさを、当時は自身に許していなかったので
『生』一辺倒でがんばるぞー、とばかり
きちきちのローフードをやっていました。
だから、ローの摂取比率を気にしたり
クレービングに悩んだ時期もありました。

このことは、ローフードを摂ることで自身にどんなことが起こるのか
楽しみでもありながら恐れもあったからだと、今ではわかります。
未だに、加熱食の方とのお食事の場合は譲ることはよくあります。

今はたまたま『ローフード』というワードでたとえているにすぎなくて
これは私のもっている『パターン』です。

たとえば、人間関係などの場面では
最初からダイナミックにいくことはあまりありませんが
知ることと体験することと興味をもつことのバランスがちょっと異なるときは
この限りではありません。
たとえば、興味が恐れを超えるときは、かまわず飛び込むことができます。
即行動に移せるときは、そこに確信もしくは直観を得ているからです。
もちろん、ときにはやってみて違った、なんてこともあります(笑)

なにかの枠組みを自身に強いて
『まだだめだ、これでもだめだ』というのも自身の『パターン』。
ロー比率やクレービング、こだわりのお野菜など
もちろん気にしたい人はとことんやって戴いていいと思います。
でも、それらを取り入れることで、なんだかつまらなくしてしまうようなら
無理して取り入れなくてもいいのかな、と思うわけです。

なぜなら、食べ物は直接私たちが取り入れるエネルギーだからです。
エネルギーワークなどと違って、咀嚼して直接からだに取り込んでいくもの。
そこに、葛藤や対立、混乱のエネルギーが入っているのとそうでないもの
どちらがいいかな、と思ったときに
シンプルに楽しく美味しくhappyに戴けるほうが気持ちがいいな
と感じるからです。
『パターン』が変容してしまえば、この限りではなくなります。
この視点は、私がフラワーエッセンス(フラワーレメディ)を
扱うからかもしれません。

フラワーエッセンスは、意識を変え
しあわせを選択できる自分(進化)をサポートします。
そして、私にとってのローフードは、プラントレメディ(造語)。

フラワーエッセンスではグリーン(葉)は、お花の進化のエネルギーに対して
現状維持のエネルギーといいます。
どちらにもお役割がある、ということです。

グリーンスムージーなどでグリーンを取り入れることは
『今この瞬間』を生きるエネルギーを戴く、ということ。
これは、グリーンスムージーを試したことのある方でしたら
体感としてご存知のことと思います。
ローフードは肉体を構築してくれるのに役立ちます。

『今この瞬間』を維持することができなければ
私たちは進化していくことはできません。
フラワーエッセンスとしての葉を摂ることを、私はしませんが
今この瞬間を生きながら(葉)、一瞬一瞬意識を高め進んでいく(花)
このバランスが健全であればこそ
この3次元の世界で叶えられることはたくさんあります。

私は、このバランス感が好きでローフードをしている
といってもいいくらいです。

両方あるから、より楽々と進んでいける。
からだとこころに簡単にアプローチできる。
そして、両方あったほうがいいけれど、なきゃだめだ、というものでもない
選択の自由という『ゆるさ』を
どちらももたらしてくれているように観じます。

自分自身にとっての本質的なことがわかれば
四の五の言わずに、いちばんhappyなことを誰にかまわず選択できます。

今、どんどん『気づき』を表出させているところです。
実は、セッションする人なんだから、そんなのは見せない方がいい
と言われたこともあります。
ずいぶん以前にそのような発言を受け
書かないようにしてきた経緯もあるけれど
今思うのは、それはその人の恐れではないかな、と。
それを受け取ったときの自分自身も、おそらく同じくらいの恐れをもっていて
だからこそそのような出逢いがあり
当時はよい『アイディア』として活用していたことも受け入れています。

すべては、発振するものとの共振によってのみ
変化や進化が可能になるものだから。

人間同士もしかり、人と植物もしかり、人と鉱物もしかり。

私たちがグリーンに対して、ピンクの方がいいよ、と言ったからといって
そうなることはないし
ひまわりに対して、桜のように可憐で儚くあれ、と言ったからって
そうなることはないけれど
人間だけが、『私』でないものになりたがる。

今の私ならわかります。
自分の言葉で自分の想いで
自分のやりたいことを発振していくだけでいい、ということが。

そこに舞い込んだE-MAGAZINEからの提案。

「『●●』が欲しいと願ってみてください」

ちょっと手放し状態になって
この提案を受け取ってみようと思います。
ロービューティジャパン 準備-01号



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2010年07月21日

黄色い宇宙の種
25
13
黄色い種
存在 持ちこたえる
越える 開花
目指す 気づき
KIN 104



『借りぐらしのアリエッティ』を観て、石ともさんの『女性が男性からサポートを受けるということ』につなげてみる


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今日は午前中に、先日観れなかった
『借りぐらしのアリエッティ』を観てきました。

ひとりで映画館に行くこと自体が非常に稀であること
そして、映画というもの自体、借りて観ることすら普段しない私にとって
自分でも、なぜか気になる行動なのでした。
きっとそこに在るなにかに引き寄せられていたようです。

さて、昨日に引き続き、石塚ともさんのE-MAGAZINE
ロービューティジャパン 準備-01号の2つ目です。

せっかくなので、映画と関連づけて書いてみようと思います。
(ぼかしてはいますが、若干ネタバレ的な部分もあるかもしれないので
知りたくない方はここまでで。)

実は、E-MAGAZINEの4つ目のテーマのタイトルに
この作品のタイトルが書かれています。
今、テーマをひとつ読んでは書き、をくり返しているのと
今感じているものを4つ目まで取っておくということがきっと難しいのと
4つ目まで行き着いたときには、またそのときの『感じ』があると思うので
あえてそこに合わせて書かない選択をしてみます。
内容がかぶることはおそらくないと思うので
(仮にかぶったとしても差し支えはないと思うので)
そのまま進めていこうと思います。

この作品には、小人の少女と心臓の手術を控えた人間の少年が登場します。
彼らは、前作の『崖の上のポニョ』のように
出逢った瞬間相思相愛というような
誰にでもわかる単純明快な描写はされていません。

たとえば、もし、少女がルールなんて無視の無鉄砲な女の子で
少年が病気とは無縁の元気いっぱいの男の子だったら
この物語での関係性は成立しなかったでしょう。
また、人間同士、小人同士だったとしても同様だったと思います。
この絶妙な距離感、バランスがあったからこそ
その間に流れる『なにか』を描けたのではないかと観じています。

作品全体を通して
掌の中にいる女の子を握りつぶしてしまわないようにやさしく包み込む
そんな世界観が広がっていたように観じます。

このふたりの間には
求め合う、うばい合う、コントロール(支配)する、がありません。
奪い自分のものにする、という行為は
また別の登場人物を通して描写されているので
明確なコントラストがとてもわかりやすいです。

そもそも、アリエッティにとっては
家族(父・母)以外の存在からのサポートを受ける経験は
はじめてだったのではないでしょうか。

その相手は、生きる世界が違い、ともすると自分や家族
ひいては種族を脅かす存在(人間)です。
以前住んでいた他の家族も
人間に見つかったために暮らせなくなってしまったという。
前例があるだけに、警戒して当たり前ですし
友好的=罠、と思い込んだとしても、それは自然な心の動きでしょう。

これは自らを守るための大切な価値観です。
人生をこの方法のみで生きていくこともできれば
それ以外の選択肢を増やすこともできます。
後者の場合は、安心できる環境が整っていればいるほど
よりよい方法をよりたやすく見つけ出すことができます。

この作品の中で、少年は『サポート』に徹し
いつも少女に『選択の自由』を与えています。
時間的な『しばり』も与えていません。
今のひとときを引き伸ばそうともしないし、未来に逢う約束などもしない。
いつでも『今』を生きていて
(病気だからと言ってしまったら身も蓋もありませんが)
少女との間に訪れる『今』(というタイミング)を待つことも
受け入れています。

これは、少女が
『守ってもらえている・大切にされている』と実感することができる
とてもすばらしい適切なサポートです。
言葉の選び方も秀逸です。
次第に彼とのコミュニケーションに変化が出てきます。
それぞれの『伸ばしたらもっとよくなるであろう部分』が
関係性が育まれていく中で、成長を遂げていくようすが描かれていきます。

このくらいの少年に、そんなことができてしまうのですね~。
この部分にしびれた女性は、もしかしたら多いのかもしれません。
しかし、描写としては淡々と描かれているので
見過ごしてしまう(汲めない)と
非常につまらなく感じてしまうかもしれません。

また、彼女の小さくも懸命に生きる姿を目の当たりにして
少年の生きることを半ば諦めていたような態度や発言が
徐々に変容していくさまも、とても印象的でした。

自分にしかできないこと(日々瞬間瞬間を精一杯生きる)をすることだけが
誰かの心を動かすことができる
このシンプルなことが、作品の中の其処此処に
さりげなーく散りばめられています。

感動、というものは
心の動きの振幅の激しいもののように捕らえられがちですが
この作品における感動は、とても静的に観じられるものが多いです。
私たちが求める『しあわせのカタチ』という感動も
きっと静的なものである場合が多いのではないかな、と観じます。

ついつい、カフェインや白いお砂糖を摂ったときのように
はっきり、くっきり、しゃきーん、に慣れてしまうと
繊細な味覚がわかりづらくなり
知らず知らずそれを求め続け、いつしか中毒になってしまうように
大感動(という刺激)を求めてやまなくなってしまうことも
あるのかもしれません。

これからの時代、ささやかな感情の動きをとらえたり向き合ったりすることが
どんどん自然なこととして受け入れられてくると観じます。
そういったことを象徴している作品にも観じられました。

この辺りのことに共振できるか否かによって
この作品の印象は二分するのではないでしょうか。

ところで、先日、石ともさんのメルマガ(第5号)にて
ある質問が投げかけられました。

相手を信頼することができるかどうかを見極める方法です。

私は、男性からサポートを受けることについては
どちらかというと受け取れているタイプだと思っていますが
とても興味深いワークだと思っています。

多くの人にとって、人生で最初の異性からのサポートは
父親であることがほとんどだと思います。
その最初の『サポートのしかた・されかた』が肯定的なものであれば
その後も、適切な距離感で安全にサポートを受け取ることは
そうでない場合よりもたやすいでしょう。
私の場合、父との関係性が良好だった影響も大きいと思います。
その後につくられ積み上げられていった自身の『パターン』も
それを妨げるものではなかったのだと思います。

男性からサポートを受けることについて
メルマガ内の言葉を使ってあらわすなら
相手が『丁重に扱ってもらえている』と実感できる言動を
自然に難なく行っていて、『操ることができていた』ということです。
言い方を変えるなら
自身の内なる男性が相手の内なる女性に
『丁重に扱ってもらえている』と感じていて、『操られていた』。
つまりバランスがとれているときに
安全にサポートを享受することができていた、ということ。

それと同時に
自身の内なる男性が
相手を『自分の背後に配置して信頼できる』と判断した場合は
人生を渡っていく同士としても、長きに渡るつきあいが可能になる
とも感じています。
この部分は、サポートがいっときであるか長期であるかの違いを
見極めるときの基準にもなるように感じられます。

そして、見極めの基準となるもうひとつ。

相手の内なる女性が、自身の内なる男性
(自身の中にいる『伴侶)に手を出した』場合
自身の内なる女性は、相手の内なる女性への信頼を一気に失います。
具体的に言うと、うばう行為
(たとえば、同意を伴わない一方的な性的行為=暴力的なエネルギー)として
あらわれることが多いのではないでしょうか。

つまり、信用できない=関係性を維持できなくなる、です。

メルマガには、シンプルに男男、男女、女男、女女として挙げられていますが
一個人の内面に棲む、内なる男性と内なる女性をも考慮してみると
このようになるのではないか、の仮定です。
かなりややこしいことになっていますが(笑)

私たちは、自分自身のエネルギーを枯渇させる『なにか』に対して
とても敏感です。
エネルギーが尽きてしまうこと=死、であるため
自身の生命を脅かすものに対峙するとき
切り捨てる決断が迫られます。
アリエッティの家族も、同様の理由から住まいを移す決断をします。

少し話を戻します。

メルマガにあった提案、母と娘を質問に当てはめてみること。
これは、今までまったく思いつかなかった視点でした。

「あなたのお母さんは、あなたの夫や恋人と2人きりになっても、
彼らを誘惑したりしない人でしょうか?」

これはかなり衝撃的な質問でしたが、早速取り組んでみました。

今は、どんなことが出てきても、もう相手を責める気にならないということ。
出てきたものがどんなに凹むことだったとしても
以前のようにぶれる心配がないこと。
もしぶれても、知るだけでいい、整えればいい、とわかっていること。
見つけ出したことは、今取り組むことができるまでに準備が整っている
という確信があること。
(こういったことがまだの方は、性急に取り組む必要はないかなぁ~と。)

実際は、ふたりきりにさせていたことはほとんどない、はずなので
前提すらつくれませんが
性的な意味合いでの誘惑があったことも皆無だと思います。

では、私、彼(夫)、母がいた場面において
『なんともいえないいやーな感覚』も皆無だったかというと。。。
これは自分でも驚きだったのですが
そういう部分が存在していました。

決して、言葉通りの『うばわれる』に想定される
危機迫るレベルのものではありませんが。

20代のころ、結婚までいきそうでいかなかった彼がふたりほど
(どちらも2年ちょっとのおつきあい)母のお気に入りでした。
息子同然としてのコミュニケーションだったと思いますが
親しみ方というか、なれなれしさというか、に対して
ざわざわするものを感じていたのは事実です。

他の場面で感じていた、ずかずかと土足で入ってくるような無神経さ
として感じられていたものが
ここではちょっと別の色合いで認識していたようです。

彼になった人を無意識のうちに逢わせなくなったり
すべてが事後報告になったりしていることも
こういったことが少しは絡んでいたのかもしれません。
それまでは、ただただ干渉されるのが苦手だからだと思っていました。

また、それとは逆で、少しの間旦那さんになった人に関しては
上記のふたりのときとはずいぶん違う反応でした。
単に相性だから、といえばそれまでのことですが
悪口とも文句とも不満ともつかないようなことを聞かされるのも
あまり好きではなかったです。
まぁ、私自身が旦那さんとうまくいかなかったから、という前提があったから
それは自然な流れでもあったわけですが。

なにせ、このお題に関連する時期まで遡った時点では
母と娘(女と女)の適切な距離感や関係性が築けていなかったことが
わかったのでした。

今がどのようであるかはわかりません。
彼女は私の結婚、いやむしろ孫を望んでいることがとてもよくわかるし
実家に帰れば、それとなく(ときにあからさまに)その話題になることも。
手を出す出さない、といった意味合いとは異なりますが
こちらも性と隣り合わせにある非常にデリケートなテーマです。

母を『母』ではなく『女』として見たことは、ほとんどないかもしれません。
それは、いつのときも一生懸命働いていて自立した女性だったことから
いつのときもとても見えづらい一面だったからかもしれません。
町内会の集まりなどの際に、誰かの浮いた話などで盛り上がることに
嫌悪を抱いていたこと。
別に人のことなんだからいいじゃん、と思いながら
その話を聞いていた覚えがあります。
なにげに潔癖症だったりするのかもしれない、とか。
もしかしたら、彼女の『女』としての希望や絶望に関する部分が
私の人生の中に投影している可能性だってあるかもしれない、とか。

いやー、こんなに綴っておきながら言うのもなんだけれど
親の『女』の部分を模索するのって、なんとなくタブーな気がします。

でも、どれが事実でどれがでたらめか、なんていうことは
まったくわからないままでよくて
そこから導き出されてくる、自身の『パターン』にどのようなものがあるのか
どんな風にそれらがこんがらがって、未だに解放できないでいるのか、など
これらは非常に重要だと観じています。

私が出した答えは
女性が男性からサポートを受けるには
父だけでなく、母とも安全な関係性が築けていることが
より適切なサポートを受け取れる確立を高めることができる、です。

『借りぐらし』は
人間からいろいろなものを借りてきて生活する、という意。
基本的に、借りたものを返している描写は見当たらなかったので
聞こえ的には『借りぐらし』(『借り』と『狩り』がかかっていたりして)がよい印象ですが
言葉的には『もらいぐらし』の方が適当な気はします。
でも、もらう=依存、にはなっていない
(掟通り、人間に見つかったらその場所から離れる)ところに
小人族の美学を感じるし
自立しているからこそできる決断なのだとも思います。
共存=共依存ではないケースを見ることもできました。

また、人間と小人の関係からは
土の中にいるバクテリアさんや
ビンの中で発酵を助ける酵母さんに通ずるものも観じられました。
ちょっと意識を傾けることで
とてもとても小さい存在から大いなるサポートを戴いていることを
認識することが可能になること。
はたから見ると、いかにも人間が与えてばかりのようであるけれど
実際は受け取っていることの方が多いこと。

いつのときも、見えづらいことの中に、大切なことが存在しています。

作品の中では、ものを大切にする、工夫をこらす知恵、役割を全うするetc.
いたって当たり前と感じてしまうようなこと(でもとても大切なこと)が
丁寧に描かれていました。
彼らにとってはそのように聞こえるのだな、という
さまざまな効果音も印象的でした。
ロービューティジャパン 準備-01号



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2010年07月22日

赤い磁気の蛇
26
1
赤い蛇
目的 統一する
引きつける 生命力
生き残らせる 本能
KIN 105



平床導入のその後と、石ともさんの『平床・木枕でどうやってエッチするんですか?』 について考えてみる


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移転後、新くりすたりうむとしてお客様をお迎えするようになって
まもなく2週間。
以前と少し違うのは
アルケミークリスタルボウルのセッションの際に横になって戴くのが
マッサージテーブルからヨガマットに変わったこと。
ボウルを床に置き、マッサージテーブルに横になると
音や響きが今までよりも遠く感じる、とフィードバックを戴いたからです。
早いうちに改善できてよかったです。

そして、(マニアックな方に限り)『売り』になりそうな提案も。

平床に興味をお持ちの方には
ヨガマットの代わりにお試し戴くこともできます。
ボウルのセッションではお休みになられる方も多いので
慣れるまでちょっと時間がかかる木枕さんまではおすすめしませんが
ご興味があればこちらもお試し戴けます。
(ね、マニアックでしょ。)

お客様の興味の矛先に意識を向けてみると
自分のためだけであったアイテムに
思わぬ需要(お試しのご要望)があるのがわかったりして
実におもしろいものです。
私のところにやってきて約1ヶ月が経とうとしている平床さん的には
思わぬところでさらなるお役割が果たせたと
驚きと歓びを味わっているに違いありません。

人の使っているふかふかベッドに寝るお試しは
ちょっと躊躇するかもしれないけれど
『二つ折りの桐の板』というところも
気軽に試せる大きな理由なのかもしれませんね。

ちょっと失敗したのが
一度、平床さんの上でクリスタルヒーリングを行ったときに
身動きされるのに合わせて、レイアウトした石がいくつも下に落ちて
たくさん傷がついてしまったこと。
このセッションには平床さんは向かないと学んだので
このときだけはヨガマット限定で行うことにします~(笑)

このできごとから、桐は木の中でもとても柔らかいのだろうなぁ~と
ほんのり伝わるあたたかさとともに納得したのでした。
このあたたかさは、今の季節ベッドで寝苦しくなってしまうような
湿度の高いもわ~んとしたものではなく
からだから余分な放熱や乾燥から防いでくれる心地のよいものです。

さてさて、石塚ともさんのE-MAGAZINE
ロービューティジャパン 準備-01号のテーマも早くも3つ目となりました。


先日の話ともつながるお話です。

タイトルにある素朴な疑問は
私も平床を購入したときにふとよぎりました。
そのときはそのままスルーしたのですが
後日、改めて考えてみたことの事後報告です。

そもそも、平床・木枕でなければいけない、という枠組み自体
特に必要ないのでは、というのが第一印象でした。
(もし必要と観じるのであれば、その部分を掘り下げてみると
思いがけない『パターン』に気づけるいい機会になると思います。)

変な話、本当に『その気』になれば、どこでだってできてしまうものだから
最初からそこに深刻さを感じていなかっただけかもしれません。

あえてそこで、というのであれば。。。で、思いついたのは
動かないセックスをすればよいのでは、ということ。
一般的にイメージされるセックス(動的)に対して
静的なそれがあったとしても自然なことだと思うので。

試したことがないため行為自体との適合性のほどはわかりませんが
ポリネシアンセックスのようなスローラブ(静的)は
平床のお役割としての、時間をかけて静的に背骨を整えていくのと
ちょっと似ているように観じます。

テクニックや激しさなど、ときにはありがたがられることかもしれません。
しかし、こころや関係性などがあったかーく安心の中で育まれていくとき
共通しているのは、『ゆったりとしていること』なんだろうな、と思います。

ヒプノセッションの導入や瞑想や呼吸法
太陽や月の動き、山の氷が溶けゆくさま、赤ちゃんや小さい子の動き
癒されたり、落ち着いた気持ちになれたり、安らいだりするこれらは
どれもゆったりしているからです。

前回に書いたことともかぶりますが
ありのまま=愛=ゆったりゆるやか
であって、それが本質なのだと観じています。

話を戻します。

実際は、平床で正上位をしたり女性上位になったり、いろいろ試してみて
膝や尾てい骨が痛くなったり青あざができたってかまわないと思います。
まぁ、お互いに痛みを伴わずに済みそうなのは
対面座位かもしれません。
まぁ、方法云々はこのくらいにしておいて
パートナーの方といろいろ話し合ったり工夫を見出したりするのに
絶好の機会であることは間違いないと思います。

そういえば、春画には座位が多いのだそう。
ふーん、そうなのかー、と思って調べてみたら、なるほどでした。

また、平安ちっくな絵を見ると、畳の上に畳が置かれていて
それがベッド代わり(布団代わり?)に見えるのですが
かたい平床文化は、今にはじまったことではないらしい
ということが見て取れます。
そもそもその時代には、ぎすぎす&せかせかした感じは
今の時代からは比較できないくらい少なかったでしょうし
飽食やメタボとも疎遠だったと思うので
平床生活は思いのほか快適だったのではないでしょうか。(仮定)

それから、3年くらい前、あるワークショップに参加したときに
たまたま隣合った方に教えて戴いた本に書かれていたことを思い出しました。
それはヨガの本だったのですが
そこには、インドで原始的な生活をしている人々の性生活のことも
書かれていました。

なんでも、途中休みも入れながら2時間近くも続くらしい。
でも、ただ男性が長持ち、という話ではなくて
さまざまな工夫(ちょこちょこ体位を変える、女性がリードする
日頃からさまざまな感覚を高める訓練をする、など)がされていたようです。

もうひとつ特筆すべきは、彼らはローフーディストで排泄力も高かったそう。
(原住民族なので、生食は当たり前といえば当たり前なのですが
3年前は私自身がローとは無縁の生活をしていたので
改めて読み解くことで、新たな感激を味わっています。)

先に書いたポリネシアンセックスも
行為の前に食事はとらないほうがいい、とあります。

小食になると、さまざまな感覚器官が鋭くなってきますが
その状態での行為で得られる感覚もまた、鋭くなります。
既にその感覚の違いをご存知の方も多いと思います。

スタミナがアップするようなドリンクを飲むよりも、まずは小食。
そして、便秘も感度を下げてしまう要因となるので
快適なお通じのためには、やっぱり小食。
昔から脈々と受け継がれているものは、やっぱりシンプルであり
国や環境は異なれど、同じなのだなぁ~と観じます。

その本、沖正弘氏の『ヨガ入門』は、既に絶版になっていますが
著者の実体験が書かれていて、とてもおもしろいです。
知識としての読み物というより、体験を共有している感覚です。
今でこそヨガは一般に広く浸透していて
瞑想と体操(ポージング)のイメージがやたら強かったりしますが
それまでは、ものすごく奇天烈なことをする人のイメージがありました。
その当時感じたことなども書かれています。

それにしても、平床に寝てみると、とても静かな穏やかな気持ちになって
あんまり『その気』が起こってこないような気がします。
(今のところ検証していないだけで、ホントはそんなことないのかも。)
シンプルなつくりだけに、なにやら神聖なたたずまいもあるのですよね
平床って。

神様を数えるときに『柱』という数え方をしたりしますが
木に神様が宿る(ご神木とか言いますよね)ところからきているそうです。
神様と床を共にしているとあれば
『その気』にならなくて普通なのかもしれません。

ちなみに、平床さんが来て以来ずっと平床さんに寝ていますが
未だベッドはそのままです。
手放す必要性の有無、については
まったく決断の時期ではないのが正直なところ。
寒い季節になったときの自身の体感のあんばいを見てからでも
遅くはないかな、といった具合です。



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2010年07月23日

白い月の世界の橋渡し
27
2
白い世界の橋渡し
挑戦 分極化する
安定させる 死
同等化する 機会
KIN 106



体脂肪計で『儀式』を組み込んでみる


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今日、ずっと気になっていた体脂肪計を注文しました。
第一希望の型はなにやら大人気のようで
1~2ヶ月ほど待つらしいので、別のにすることにしました。

6年ぶりくらいかな、購入するのは。
前のはあげてしまったので
5年くらい体重を測らない生活をしていました。
たまに量るのは、温泉宿に泊まったときくらい。

10年くらい前は
朝のトイレ後と、夜寝る前の入浴&トイレ後にきっちり測っていて
エステなどで行うような計測(からだの各部位のサイズを測る)も
毎月1回行っていて、グラフ化とかもしていました(笑)
こうやって書き起こすと
ずいぶん大儀なことをやっていたように感じられますが
生活の中に自然と組み込まれ『儀式』化していたので、楽々でした。

『儀式』といえば
今、何日かに1回、長岡式酵素玄米を炊いています。
これまた『儀式』と呼ぶにふさわしい手順があるのですが
なぜだか、白米を炊くときよりもわくわくするのですよね。
今年の4月からはじめて3ヶ月、自然と続いています。
昔から白飯が苦手で、炊き込みご飯のように味がついていれば
食べれるタイプだったこともあり、願ったり叶ったり。
とにかく楽ですし、リビングフード万歳~、と思いながら戴いています。

話は戻り。

なぜ体脂肪計なのかというと
先月、少しずつ取り入れはじめた西式甲田療法を
もうちょっと生活に浸透させていきたいと思ったからです。

今ちゃんと続いているのは平床さんのみで
さまざまな外的要因の影響を理由に(また長くなりそうなので割愛)
遠ざかっている今日この頃。

ふと気づくと、暑いからと陰のものばかり戴いているからか
からだの中に熱がこもっているのに寒気もするような
ちょっとおかしなことになっています。
お風呂も、芯まであたたまる前にのぼせてしまうので
湯船には浸かるけれど長風呂はしなかったり
お肌の表面のべたつきだけ流しておしまいにしてしまうことも
最近ちょっと増えているかな。(そのままだとかゆみが出るので)

陰陽バランスが偏っているからなのか
水分をあまり欲しなかったり
加熱したものの方が、からだがほっと落ち着いたりすることも。
でも、すいかはやめられない、みたいな(苦笑)

そのようなことで
身辺が少しずつ落ち着いてきたこともあり
バランスを取り戻す一環で
自分なりの『こーだろうな~』(甲田ロー菜。藤丸さん風)を
実践してみようと思った次第です。

『儀式』化というとちょっと堅苦しいけれど
楽しめる『枠組み』としての儀式なら、モチベーションも高まります。
玄米酵素みたいに。
アナログ的な変化を体験していく中で
ほんの一部分だけ数値化されたものがある、というのも魅力。

ホントに、今すいかがおいしくておいしくてたまりません。
他のくだものがいらないくらい、すいかLOVE。
なんなんだろうこれは、とも思うのですが
(上海のときの8杯のすいかジュースのときもそう思っていました)
欲してしまうのですよ。
なんなんでしょうね。
もちろんキパワーソルトさんもばさばさ振りかけて
あまじょっぱく戴いています。
そう、塩もLOVEです。
すいか&塩は、天然のポカリスウェットなのかもしれません。

この季節が過ぎたら、と決断しても
また次の季節の享楽的なものにノックダウンして
ずーっと先延ばしになってしまう可能性もあるので
ちょっと自分らしいリズムをつくっていけたら、と思っています。



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2010年07月24日

青い電気の手
28
3
青い手
奉仕 活性化する
つなぎとめる 遂行
知る 癒し
KIN 107



良い宝となりますように


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今日から『甲田ロー菜良宝』はじめます。
中華料理みたいな名前ですが、造語で楽しみたいと思います。

ここ1ヶ月くらいの間に、熱中症らしきものやちょっとした発熱
お肌のアレルギーなど、火のエレメントさんとのご縁が続きました。

そこから紐解けることは今回は置いといて。

どれかが突出することによって、そのバランスをとるために
他のエレメントさんたちもがんばってくれています。
これは五行の考え方ですが
意外と普段の生活からぽっと抜けてしまうことも多いので
からださんからのメッセージがきているときは
特に真摯に向き合ってあげたいと思いました。

今回は、女の子dayまでの期間もあいたので
胸もぱんぱん、からだもむちむちでした。
(むちむちっていう語感がなんともいえない)
これに陥ってしまうと、過去の記憶の再現と連動して食の嗜好も退行し
PMSでしんどかったときの嗜好とつながります。
ここ2~3週間は、いつもではありえないくらいのアイス消費率で
『白くま』LOVEになっていました。
お砂糖も乳製品もPMSを助長するものだとわかっていても
なにかがトリガーとなるといとも簡単に引き起こされるもののようです。

たばこやお酒がなかなかやめられないように
顕在意識でできることはたかが知れていて
潜在意識の偉大さ、影響力の強さに頭が下がる想いです。
潜在意識へ働きかけるワーク
私もまだまだお楽しみがいっぱいありそうです。

甲田ロー菜良宝 1日目 

体重:51.9kg 体脂肪:24.6%
便通 0回

西式体操(毛管・金魚・合掌合踵・背腹)1セット   
スイマグ 夜15ml
柿茶・生水 1.5リットルくらい

昼 杏仁アイス

おやつ すいか1/8個
  塩     2gくらい
  和菓子 1個
  お抹茶 1杯

夜 青汁 300g
  玄米クリーム 70g
  塩      5g

なぜか泥のように眠って、起きたら11時まわっていました。
そして、約2ヶ月ぶりくらいに女の子dayを迎えたことに気づき納得。
起きてすぐ、体脂肪計が届いたので、早速はじめることにしました。

久しぶりの体脂肪計、かなり楽しいです。
9種類の表示項目があって、気になるのは体水分率。
赤ちゃんのような水分保持率に近づくことは可能なのだろうか
と、素朴な疑問と変化の推移をみていく楽しみをもって
取り組んでいくことにします。
(だって、体重はちょっとした水分変化などで簡単に変わるものだから)

この型は、amazonが価格.comで最安値になっていました。
パネルのところが取り外せるようになっていて
2年分記録することができるようになっているので楽々。





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2010年07月25日

黄色い自己存在の星
4
黄色い星
形 定義する
測る 気品
美しくする 芸術
KIN 108



眠り姫はPMSの魔法?


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とにかくよく眠った1日でした。
食っちゃ寝る、というのはこういうことかと。
気分的な波はないのに、ちょっとかったるくて横になったら
いつの間にか落ちてる、そんな感じでした。
(13の月の暦では、今日は『時間を外した日』。
まさに時間から外れた1日となりました。)

いつもより周期があいたことも
普段より確実に重たい結果につながっているかもしれませんが
最近のちょこちょことしたチャレンジをクリアしていくのに
この体験(PMS)も必然だった、ということが
ひと段落したことではじめて見えてきました。

妊娠してるのか、というくらいからだの変化が感じられるのは
女性のからだを有しているからこその特権とも言えます。
ちょうど今回、からだの症状や女性性に関するできごととのシンクロもあり
得られたものも大きかったように観じています。

何年も前のことですが
PMSがしょっちゅうだったときは本当に困っていたので
からださんを含め自分自身を責める気持ちも
とても強かったように思います。
その自身への追い込みがさらに症状を強める
というスパイラルも起こっていたかもしれません。

当時は、『このことからどんなことを見つけ出すことができるか』
なんて思いつきもしませんでしたから
ただただつらい体験、しかたがないとの認識でやりすごしていたんだなぁ~
ということも改めて思い出すことができました。

ナチュラルハイジーンやローフード、甲田療法の生菜食などで
からださんに入れるものを変えていけば
次第にからだの状態が変わり、何もなかったかのようになります。
これはこれでとても素敵なことです。
でも、せっせとからだ直しをしていくのと一緒に
すでに『パターン』になっている癖の部分(思考や感情の動き、行動)にも
バランスよく配慮して取り組んでいくことも重要だな、と切に観じます。

まぁ、楽々女の子dayを迎えられる方がいいですし
からださんからのメッセージはたまにでいいかなと思うので(笑)
私もせっせと必要なメッセージをクリアしていこうと思います。

明日は満月。
からださんの動きと月の周期が連動してきているかも。
明日は、満月デトックスの予定。

昨日、図書館に女性のためのナチュラル・ハイジーンを借りに行ったら
11人待ちと言われ予約してきました。
図書館のシステムがまだいまいち把握できていなくてどきどき。
でも実は、小学校くらいまではお世話になっていた図書館なのです。
そのときから時が止まっていて
今はネットからも借り出し予約ができると知り、感動しています。

甲田ロー菜良宝 2日目 

体重:51.7kg 体脂肪:23.8%
便通 2回

西式体操(毛管・金魚・合掌合踵)1セット   
スイマグ 夜15ml
柿茶・生水 1.5リットルくらい

朝 すいか1/8個
  塩     2g

昼 青汁 320g
  玄米クリーム 70g
  塩      5g
  とうもろこし 1本
  和菓子 1個

夜 玄米クリーム 70g
  塩      4g
  たいやき 2/3個


夜のスイマグさんのときに大量の水を必要とするのと
その後ものどがかわくので
寝る前までの水分摂取は普段よりも格段に増えています。



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2010年07月26日

赤い倍音の月
01
5
赤い月
輝き 授ける
命じる 普遍的な水
浄化する 流れ
KIN 109



理想の異性愛の形なのか? 『借りぐらしのアリエッティ』にみる『ローな関係性』


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皆様、こんにちは♪
ご訪問ありがとうございます。

先日のこちらを書いた後、石塚ともさんのE-MAGAZINE
ロービューティジャパン 準備-01号のラストのテーマ
理想の異性愛の形なのか? 『借りぐらしのアリエッティ』、を読みました。
思いのほか、書ききってしまった感があり、なかなか筆が進まず。

まぁ、そういうこともありますね。

記事を読んでくれた友人から
『で、結局どうだったの?おもしろかったの?』と聞かれ
すーっと終わったよ(実質放映時間も94分と短い)、と答える。
私が観た回では、周りから嗚咽の声は聞こえなかったし
私も涙腺はゆるまないままエンドロールへ。

それで想ったのは
思いのほか、無意識のうちに自然な関係性を築けているのかもしれない
ということ。
(感情が揺さぶられるということは
もっとよくなる、叶えられる余地があるということだから)

『ゆるい結びつき』

簡単にするりとほどけるつながり。
でも、完全に切れてしまうわけでもないつながり。
これからの時代、どんどん根づいていくように観じられます。
いつか子どもにめぐまれたらいいな、という想いとはうらはらに
この『ゆるい結びつき』があることが
しあわせだし、自由だし、またがんばろう、と思えます。
今のところ、『ゆるい結びつき』と結婚・出産は
ちょっと次元的に違うところにあるように感じていて
その折り合いのつけどころをここ何年か模索している私。
(たいがい異論を唱えられ、しっくりくる答えは得られていない。)

異性とのパートナーシップがテーマだな、と感じる方に
ロービューティジャパン 準備-01号の4つ目のテーマ
(それに関連して、2つ目のテーマは役立つように観じます。)
をおすすめしたいと思います。



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「『半殺しで食べる』ことの大切さ」から思いついたあれこれ


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石ともさんのロービューティジャパン 準備-02号が出たので
またも取り寄せてみました。

大きなテーマは、「ローフードといのち」を考える。
それを3つのテーマに分けて綴られています。
まずは「『半殺しで食べる』ことの大切さ」を読んで観じたものを。

植物さんの都合

フラワーエッセンスを通して自然というものに触れてみると
自然というものは、自らの進化をまっとうするために存在を続けている
ということがわかります。

以前こちらでもちょっと触れましたが
私たち人間も自然と同様、しあわせという進化のプロセスを続けています。

たとえば、青臭さの強い葉っぱにも、その存在を完遂するなにかがあり
私たち人間が、その葉っぱに果実のような甘みを願ったとしても
葉っぱの進化にそぐうものでなければ変わりっこないでしょうし
そもそも通常私たちは、青臭さの強い葉っぱはえてしてそのようなものだ
と受け入れていることでしょう。

願望は個々それぞれに異なるので、傍から見たら、自分勝手だな
私の都合とは合致しないな、と感じられるものもあるでしょう。
(そう感じるときは、その相手となるものへ期待感をもっているしるし)

個々だけでなく、共有することでより進化をはかることもできます。
たとえば、人間の感情とフラワーエッセンスとの共振により
感情の癒しができ、進みたい方向に進むことができるようになるのは
そのいい例でしょう。
また、パートナーや家族、子どもとのやりとりの中で見出すそれは
とてもとても意味深く、尊いものです。

それから
ローフードと多くのローフーディストの方々(私も含む)との間にも
同じようなことが起こっています。
自身のしあわせや追求するものとローフードとの共振によってもたらされる
さまざまな恩恵(既知のものから未知なる可能性に対する期待も含めて)に
なにか一致するものを見出しているからこそ、その魅力に魅せられ
程度の差こそあれ、共振を続けているのだと思います。

私もお料理教室に行ってみたり
マスタークレンズやレバーフラッシュを試してみたり
今は甲田療法を取り入れたりして、さらなる自分追求に勤しんでいます。

『噛む』前提がなくなったとしたら。

先日、テレビで咀嚼伯爵なる方がお出になられて
ガムを日本刀にたとえ(ガムの銀紙を刀、巻いてあるラベルを鞘に見立て)
収集されたラベルの細かな違いを楽しそうにお話されていました。
最後に、人間はあごが退化しているから、噛み続けなければいけない
といったことを仰っていました。

それを聞いて想ったのは
この先『噛む』という行為は不要になってくるのではないか、ということ。
今でこそ、咀嚼にはさまざまなお役割があって
それをいかにうまく働かせることができるか
ということが前提に、ものごとが成り立っています。
無論私もそれに倣っています。

世の中全体がブリザリアンになることは、まだ想定できないけれど
そのさきがけとなることを
今すでにローフーディストは行っているのではないでしょうか。

ブレンダーやジューサーを使ったりして
噛むことから少しずつ遠ざかっていく。
グリーン・フォー・ライフにもあるように
噛む機能を維持するために咀嚼することと
消化のために飲むこととを上手に取り入れましょう、と言う。
より本質に近づいていくと、今までのやりかたとの間に矛盾が生じてくる。
そのつじつま合わせが難しいので
このような提案になっているのではないか。

これは加工食品によって噛まない習慣になってしまった、というのとは異なり
私たちが、より『本質』を受け取ることが可能な時期にきている
ということなのかもしれません。
甲田療法を取り入れはじめて甘くない青汁を飲んで観じたこと。

からださんの結合状態が今よりもほどかれ、より精妙な状態になっていくと
必然的に欲するものも、結合の強いもの(肉)より弱いものに(プラント)に
シフトしていくのはいたって自然なこと。
たとえば結婚とか。
先のブログに書いた『ゆるい結びつき』は、それに呼応するもの)

こだわり(かたまり)があればあるほど
結合の強いもの(かたまっているもの)を。
こだわらなければこだわらないほど、結合の弱いものを。
私たちはいつのときも、似たものを引き寄せます。
だから、プラントという命を選択して戴くことを決めています。

半殺しとエロスについて。

10年くらい前に読んだシドニーシェルダン。
(タイトルは失念。内容もうろ覚え)
犯人が相手との行為の際に、首を絞めるシーンの描写がありました。
いよいよ高まっていく『そのとき』と『死』との間にできる
それらがほんのわずかに重なる瞬間。
その手前でもだめ、それを過ぎてもだめ(死んじゃうから)
そのきわどい『瞬間という時間』のことが印象に残っています。
いちいち首など絞めなくたって、たいていの女性は
適度に呼吸を止めることでよくなるのを知っているはず。
あれ(エロス)は半殺しの行為だったのですね。

ローフードを戴くことも、これと置き換えることができます。
だから、ローフーディストは享楽的なまま
ローフーディストを継続することができるのだと思います。
バンパイアになったかのように、くだもの(私の場合、主にすいか)の
水分(いのち、いきち)を戴くときは
水では沁み渡らせることができなかった
満ち満ちた感覚やときめきすらも味わうことができます。
いのちってエロスなのですね。



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満月・寒天断食


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今日は満月ということもあり
13の月の暦(記事のタイトルの上にあるやつね)では
赤い倍音の月の年 磁気の月 1日(日)
つまり、日本でいうところのお正月ということもあり
お初の寒天断食を実施しました。

体感している暑さと矛盾する体内の冷え(悪寒)を
汗として出してしまおう~と
熱いうちにスプーンで少しずつ飲むというカタチで戴くことにしました。

本当は、昼と夜のつもりでしたが
とても気持ち悪くなってきたので(吐き気)
10時に朝の分をつくって戴きました。
昼は12時すぎ、夜は4時半。

今回、ずーっと以前に母からもらったまましまいこんでいた黒糖が
ようやく日の目を見ることに。
ふと気になって2回目のときに表示を見たら、賞味期限06.07.20でした。
さとうきび以外の混ぜ物のない本物の黒糖のようなので
とりあえず気にせず使い切ることにします。

そして、これを機にもうひとつ
ずーっと放置していたラフィノースを使うことにしました。。
ラフィノースはビートから抽出・生成されたビートオリゴ糖のこと。
消化酵素によって胃や小腸で消化吸収されることなく大腸に届いて
腸内に棲む善玉菌のビフィズス菌を増殖し
悪玉菌を駆逐してくれるという優れもの。
松原治療室に通っていたときにお取り扱いがあり、興味を持ったのが最初でした。
これも未開封のものを見たら07/07が賞味期限。
ラフィノースの特性のひとつ、吸湿しない、というのが
変質を防いでくれているとみて、柿茶さんなどに溶かして
使い切ってしまおうと目論んでいます。
(そのままかけて使うとじゃりじゃりするので。)

新たなことへの取り組みが、なにかのお役割を果たすサポートにもなる。
滞っていたエネルギーがまためぐり出したこと、とても嬉しく想います。

甲田ロー菜良宝 3日目 (ただし、1日断食day)

体重:52.1kg 体脂肪:24.2%
便通 2回

西式体操(毛管・金魚・合掌合踵・背腹)2セット   
スイマグ 夜15ml
柿茶・生水 2リットルくらい

朝 寒天    450ml
  黒砂糖   30g
  塩      5g

昼 寒天    450ml
  黒砂糖   30g
  ラフィノース 5g
  塩      5g

夜 寒天    450ml
  黒砂糖   30g
  ラフィノース 5g
  塩      5g



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2010年07月27日

白い律動の犬
02
6
白い犬
同等 組織する
つり合わせる 心
愛する 忠実
KIN 110



ぽかぽか体質へ。グローミューの起死回生を期する


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勝手に名づけた、『甲田ロー菜良宝』(西式甲田療法のこと)。
ゆるいながらも、記録を残したりなど
それなりに取り組む方向になりつつあります。
せっかくの機会なので、甲田光雄先生の本を
少しずつ読んでいくことにしました。
(ここまでは、マンガでわかる「西式甲田療法」のみできました。
誰にでもとっつきやすい良書です♪)

今回は、食べ方問答
甲田先生とサンプラザ中野くんさんとの対談形式になっているので
これまた読みやすい。

そして、今までずっともやもやしていたものが
『そういうことだったのかー♪』と腑に落ちました。

それは『冷え』のこと。

かれこれ5年くらい前に、なんでも屋さんの松原治療室
絶望的な冷えと言われ(どんなだ?)
通っているうちに徐々に改善。
(ここ3年くらいは、たまーに遊びに?行く程度)
それでも、未だにしっかりと自覚できるくらい
『冷え』は私にとって大きな課題だったりします。

25歳くらいのときから
半身浴をしたり、絹の5本指靴下を履いたり
めったなことではスカートは穿かなかったり
使い捨てカイロつけたり、電気毛布使ったり、厚着したり
いろんな健康食品を試したり
しょうが紅茶飲んだり(心臓がばくばくして続かなかったけれど)
ジムでエアロをやったり
(運動時だけでなく、どか汗はかくのに、芯は冷える)
ホントにあれもこれも取り入れていましたが
ほとんど改善されないままでした。

こうして書き出すと、対症療法がほとんどですね。

『冷え』は万病の元、と言われますから
いろいろがんばってみたのですが
まぁ、このような次第です。

この本によると、グローミューとはフランス語で
血液が毛細血管を経ないで直接小動脈から小静脈へ抜ける血管のこと。
動静脈吻合枝(どうじょうみゃくふんごうし)、バイパス
副血行路、短絡路など、いろいろな呼び名があるそうです。

暖かいところから寒いところに行ったときに
からだの熱が外気にうばわれてしまわないよう
私たちのからだは、皮膚表面を流れる血液量が少なくして
自動的に体温調節をしてくれています。
そのときに、自動的に毛細血管に行き渡らなかった血液が
グローミューを通って心臓へと戻り、血液循環が保たれるのだそう。

つまり

『冷え性』というのは
このグローミューがだめだめになってしまっている、ということを
絶え間なく教え続けてくれているすばらしい症状のことだったのです~。

グローミューは
白砂糖の摂りすぎや食べすぎなどによってだめになるとのこと。

いろいろなことを気をつけてはいたけれど
やっぱり、傾向としては、甘いもの大好きだし
ついつい食べすぎてしまうことも多いし
そりゃあグローミューも機能不全になるというもんです。
これでまったくの健常であったなら、どんな鋼のからだなのでしょうね。
そんな鋼の方は、ご両親に感謝ですね。

季節がいいので、温冷浴を自然に行っていましたが
これからは積極的にやろうと思いました。
まだ、やったことのない裸療法にも興味をもつことができました。

ローフーディストの方で、嗜好はすでにローフードなのに
そこから得られる恩恵(冷えの改善)がなく
その矛盾を謎にを感じておられる方もいらっしゃると思います。
ちょっと経過をみて、よい報告ができたらいいなと思います。

甲田ロー菜良宝 4日目

体重:52.05kg 体脂肪:24.7%
便通 2回

西式体操(毛管・金魚・合掌合踵・背腹)2セット   
スイマグ 夜15ml
柿茶・生水 1.5リットルくらい

朝 すいか 1/8個
  塩      1g

昼 玄米クリーム 70g
  ラフィノース 5g
  塩      4g

夜 玄米クリーム 70g
  青汁    330g
  塩      5g



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2010年07月28日

青い共振の猿
03
7
青い猿
調律 通す
呼び起こす 魔術
遊ぶ 幻想
KIN 111



きっかり時間を計って温冷浴11回


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タイトルの通り、今朝お風呂場に時計を持ち込んで
温冷浴を試してみました。

いつもはなんとなく『こーだろーなー温冷浴』(適当)なので
けっこう長く感じました。(たぶん、いつもは20~30秒くらいなのだろう)
血行が良くなる兆しはあんまりわからなかったので
やはり、予想通りグローミューは退化している模様。

暖かい季節のうちに多少改善してくれると嬉しいので
できるときはちょこちょこやってみようと思います。

11回にしたのは、9回目のときにあったかくなる感じがわからなかったので
あともう1セット、と期待を込めたからです(笑)

西式のことを知らなかったころから
なぜかこの温冷浴のことは知っていたのに
結局不精で、湯上りにお水をかけるくらいしかしていなかったので
(しかも気が向いたときだけ)
何事も積み重ねだな、と改めて思ったのでした。


昨日の夕方、ふと走りたいなと思い立ち
日を改めて今日、ちょっと走ってきました。
地図で見たら、約7kmのうち、2.5kmほど走れていたようです。
(あれ、ちょっとじゃない距離かも。)

『甲田ロー菜良宝』は、はじめてまだ5日だけれど
積極的に水分も塩分も摂るので、今の私の体質にはある意味ヘビー。
とにかく水分を溜め込んでいます(特に下半身)。
水はけ悪いな、と思っていたところだったので
からだが重い重い。

中学生のころにやったシンスプリントの箇所が痛みだして
Runなしで、全部歩くのでもよかったかも、と思いつつも
懐かしい痛みに、そんなのもあったなぁ~と
ちょっと感慨深く感じたりもして。
部活じゃないんだから、ほどほどでいいじゃないの。

実は、こちらに移ってからしばらく続いていた朝のお散歩は
雨が続いたころから離れてしまっていて
体調不良なども重なり、お散歩自体が久しぶりだったのでした。
今回は朝じゃなかったけれど、またはじめることができてよかったです。

厳格なルールにしすぎると、脱線後の再開が困難になるけれど
気持ちよく続けられるよう、柔軟でいたいものです。
食養も運動も、あらゆることすべて。

甲田ロー菜良宝 5日目

体重:52.00kg 体脂肪:24.5%
便通 6回

西式体操(毛管・金魚・合掌合踵・背腹)2セット
温冷浴 2回 
スイマグ 夜15ml
Wark 4.5km Run2.5km
柿茶(ラフィノース 5g)・生水 2リットルくらい

朝 すいか 1/8個
  塩      2g

昼 玄米クリーム 70g
  豆腐    200g
  塩      5g

夜 玄米クリーム 70g
  豆腐    200g
  とうもろこし 1本
  塩      5g


今日は全体的にトイレの回数が多かったので
ホルモンバランスが切り替わったとみてよさそう。
運動効果だけなく、水はけがよくなるのはありがたいものです。
なぜなら、水がたまると陰が強くなるため、気持ちも落ちやすくなるから。

女の子dayはいいかげん終わってもよさそうなのだけど
なんだかいつまでも切れが悪い。
2ヶ月ぶりだものね、『甲田ロー菜』も手伝って
よりデトックスが促されているのかも♪



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2010年07月29日

黄色い銀河の人
04
8
黄色い人
無欠性 調和させる
型どる 自由意志
感化する 知恵
KIN 112



石ともさんの「『死ぬものは死ぬ』という勇気」を読んで観じた自然の理


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石ともさんのロービューティジャパン 準備-02号
2つ目のテーマを読んで観じたこと。

まず思い浮かんだのが
1クール前の朝の連続テレビ小説『ウェルかめ』の
ヒロインの親友の出産シーン。
もうひとりの親友(新米のお医者さん)が
出産の苦しみを前にしてなにができるだろうかと
西洋医学的な処置を提案するも、助産師さんに制されます。

『自然の力で生まれます』と。
(この後、赤ちゃんの心音がちゃんと聞こえるからと
聴診器を手渡され、生命のチカラを信頼します。)

直接的な死ぬ死なないの話ではないにしても
自分自身に本来具わっている『チカラ』を信じきることができなくて
むやみやたらと情報収集に勤しんだり
必要以上に不安になったり心配したり
なんていうことはよくある話で
誰にでもひとつやふたつ思い当たることがあるのではないでしょうか。
ローフードひとつとっても、簡単に当てはめることができます。

たとえば、誰かを信じきることができる『チカラ』は
その『チカラ』を信じきっている自分がいるからこそできること。
だから、自分自身に対しても同じように可能なのだと信じることができます。
最近、ゆるめなルールを設けて『甲田ロー菜良宝』をはじめたけれど
これもまた、誰かを励まし、誰かの真似っこをしているようで
めぐりめぐって自分自身にエールを送り続けていることなのかもしれない
と観じます。

そして、まったく意図していない誰かにも
知らず知らず影響をもたらしていたりすることがある、というのも
とても興味深いことです。

先日も、疎遠している友人から
ブログから刺激を受けている、と聞いたところ。
食のプロはたくさんいるかもしれないけれど
ちょっとした知り合いが間接的に
『いいもの食べないとだめだな』
と思わせてくれるところがミソなのだという。

ホントそう思います。
私たちは誰一人として支配されることなく自由な存在だから
それと反対のことが起きると嫌になっちゃうのは、自然なことなのです。

私たちは誰でも、ちょっとしたきっかけから
自分で見つけることができるし、気づくことができる。
誰でも通り一遍にはいかないところがまたミソで
だからこそ、たくさんの方が独自の視点で発振されることで
その方に引き合う人に『なにか』をもたらすことができるのだと観じます。

だから意図してできるものは意外と少なくて
つながるものはつながる
離れるものは離れる
だめなものはだめ
死ぬものは死ぬ
ということも自然とわかってくるのかもしれない、と思う。
(本質を見る視点と感情の視点は大きく異なるので
悲しみの渦中にある方などは
たとえ、その両方の視点についての理解があったとしても
葛藤からなかなか整理がつかないこともあるでしょう。)

自然界のルールの中では
『創造』のチカラだけではおかしくなってしまいます。
植物だったらはびこりまくります。
物も人もなくならない世の中、どうなっちゃうのでしょう。
現状維持というと、なんとなく進歩していないような気もしますが
『維持』するチカラがないと、創造もありえません。
私たちが存在し続けるということもかなわなくなります。
そして『破壊』のチカラも大切。
破壊というと暴力的なイメージもありますが
朽ちて、また新たな生命の糧となり還っていく。
めぐりゆく自然というシステムの中に存在していることを想うと
加熱だジャンクだローだと言っている次元を超えて
ただただ感謝の気持ちが湧き上がってきます。
(ついつい選別してジャッジして罪悪感を感じたり優越感に浸ったりを
やっていて、ありのままを受け入れる、から遠ざかっているな
という愚かさに気づかされます。)

さて、ローフードという半殺し状態(ぎりぎり維持)のものを
咀嚼という破壊行為を経て、めぐった後
私のどのような『糧』になっていく(再創造)のだろうか。

ロービューティジャパン 準備-02号あなたのローがさらに深まります。



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木枕さんの凸と凸


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平床さんがきてから1ヶ月が過ぎました。
3ヶ月くらい前にきていた木枕さんも
平床さんとペアで使い始めたら、毎日欠かさず使えるようになりました。

朝起きたら、木枕さんがどっかにいってしまっていた
ということは今まで1度もないので、そこそこ適応能力があるようです。
(そんなのあるのか?)

使い始めて少しした頃
ふと、頬骨の横の辺りの痛みに気づいて
なんでだろ、と思っていたのですね。

そしたらある日、眠りが浅くなったときにはじめて自覚しました。

なんと、その部分に木枕さんに当てて寝ていたのですね。
器用だなぁ~、私。
まったく安定してないと思うんですけど。
そもそも、それでよく寝ていられるな、尊敬。

そして、後頭部の一番高いところに当てていたこともありました。
それじゃあ、普通の枕と同じ使い方だし。
いずれにせよ、背骨の矯正になってないような気がします(笑)

まぁ、1ヶ月足らずで馴染んでいるのは
ローフードでそれなりの下地づくりができていたからかもしれません。

意識の結合の強度が、肉食から菜食になることによって
弱く(ゆるく)なっていく、という変化はわかりづらかったりしますが
肉体レベルでの結合の強さと弱さという意味では
平床&硬枕を導入していると、体感としてとてもよくわかります。

甲田ロー菜良宝 6日目

体重:51.6kg 体脂肪:23.7%
便通 3回

西式体操(毛管・金魚・合掌合踵・背腹)2セット
温冷浴 2回 
スイマグ 夜15ml
柿茶(ラフィノース 5g)・生水 1リットルくらい

朝 青汁    200g
  塩      1g

昼 玄米クリーム 70g
  豆腐    200g
  塩      6g
  みつ豆
  おまんじゅう 1個
  お抹茶

おやつ おまんじゅう 1個
  アーモンドチョコ 5個

夜 にんじんジュース 330g
  青汁    230g
  豆腐    200g
  塩      3g


朝起きたら、右手首にかゆみあり。
昨日かゆみが出た左足内くるぶしも夕方かゆくなる。
今日は雨風強く、嵐のエレメントはとても好きなのだけど
私にとってはちょっと冷える陽気。
久々に窓を閉めた。

無意識レベルで、冷え=緊急事態、とみなしているようで
水分もまったく欲しない。
即エネルギーとなるもの=甘いもの、に勝手に手が伸びた。
おもしろいのは、食べた直後に、顔がかぁ~っと火照ること。
普段気にしたことがなかったので
1週間足らずの『こーだろーな』だけど、効果を実感。

グリーンの青臭さが気になる私は
ちょっと加熱食が続いていたこともあって
(加熱が続いた後に戴くグリーンスムージーの青臭さは普段より気になる)
グリーンスムージーもちょっとごぶさたで
フルータリアンに徹していました。

『こーだろーな』をはじめたはいいものの
内心、青汁はけっこうチャレンジだなぁ~、と思っていたのに
甘みなし(今はレモンやグレープフルーツなどの柑橘を絞っている)
プラス塩のおかげか、想像していたより飲みやすいことに感謝しています。
青臭さはちゃんと青臭いと主張しているのに(変な日本語)
不思議。
お腹にもけっこうずしっとたまるので、これも不思議。

と思ったけれど、単に消化能力が弱いだけなのかも。



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POWERS


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久しぶりにちょっと飲みに行くことに。
新丸子駅から1分くらいのところにあるPOWERS
とっても好きなハワイアンなテイスト(波乗りはできないけど)で
ずっと気になっていたところだったのでよかったです。
たばこ対策ができていれば、もっと長くいたいなぁ~と思える場所。
波乗り映像見ながらのんびりできてしまうので時間感覚がなくなります。
オニオンフライもなかなかいけました。
また機会があれば、フレッシュジュースとサラダで(笑)

甲田ロー菜良宝 7日目

体重:51.8kg 体脂肪:24.0%
便通 3回

西式体操(毛管)1セット
温冷浴 1回
Wark 4.5km Run2.5km
柿茶(ラフィノース 5g)・生水 1リットルくらい

昼 豆腐    340g
  塩      4g
  みつ豆
  アーモンドチョコ 11粒

夜 青汁    230g
  玄米クリーム 70g
  塩      5g
  ローティラミス 1/8個

  オニオンフライ
  お酒 ちょっと



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2010年07月31日

白い惑星の魔法使い
06
10
白い魔法使い
現われ 仕上げる
生み出す 永遠
魅惑する 受容性
KIN 114



しあわせ=満足=鈍る、ではないよね


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しっかり塩分をとると、からだがしゃんとしてくるのを日々実感。
その微々たる変化が楽しくもあり嬉しくもあり。

反面、脳が甘いものも欲する部分あり。
なぜか普通のチョコが欲しくなり
寒天断食の寒天ではなく
売ってる寒天とにせもの黒みつ
(さとうきびだけ、じゃないやつと知ってショッキングだった)を
食べてみたり。

で思ったのは
思いのほか未だナッツに罪悪感もっているらしい
(もう少しナッツとのちょうどよい距離感・バランスをはかれる)
ということ。
厳格に『こーだろーな』をやってみたい気持ちと
ほどほどの力加減で取り組みたい気持ちと
双方の対立が起こっていたこと。

せっかくやっていること(楽しみたいこと、叶えたいこと)が
ストレスになったり、うまくいかなくて挫折心が湧いたり
なんてことになったら本末転倒。(ありがちな心ぐせ)

体質改善はもちろん
『全部受け入れてジャッジしない』
『丁寧に“潔く”生きる』
も、この取り組みのテーマなので。

『ローフード』でその先にある『なにか』を観じることと
もっとそぎ落としていったところにある『なにか』を観たい、は
またちょっと次元の違うところにあるものだと観じます。
高い低いということではなくて、なんかそういうのが心地よくて。
(単なるマニアック)

ロースイーツおよびナッツは
おいしいのでついつい『ほどほど』がわからなくなってしまいがちだけれど
これって、お砂糖を欲しているゆえに

脳が満足するほど食べる=食べ過ぎにつながる

とわかります。
まぁ、ナッツ単品(とくにピーカンナッツ)でも
簡単に『りす化』してしまうのも認識しているので
この限りではないけれど。

しあわせ=満足(満腹)=鈍る
ではないはずなのにね。

『甲田ロー菜良宝』で『足るを知る』ももっと深く体感できそう。
『愛と慈悲』を実践して少しずつ積み上げていきたい。

さてと。(こころのつぶやきおしまい。)

久々のローティラミスは美味しいです。
でも、食後に今まで感じたことのなかった『どーん』とくる感覚。
嬉しいです。
徐々に繊細な感覚を取り戻しているのがわかるから。

たとえばお酒も、弱いくせに飲み続けていると
次第に慣れて強くなったような錯覚が起こるけれど
単にお酒に対しての耐性が『鈍く』なっただけで
決して強くなったわけではない。
同じことが普段の食生活にも言えて
菜食をしているうちに
今まで戴けたものがだんだん受けつけなくなっていくプロセスは
本来のからださんに具わっている適正の感覚に戻っている証拠。
からださんのあちこちの『鈍さ』をとっていく作業となる『こーだろーな』は
からだをいたわる(無茶させない・できない)繊細な方向へ
最短で導いてくれるもの、と
短期間&ゆるゆるながらも、つくづく観じます。

そして、午後テレビで見たサンプラザ中野くんさんの
お肌のきめ、透明感、すっきり感に大感動。
4年前に出版された『食べ方問答』のときの写真と全然違います。
お姿を拝見するのはかなり久しぶりでしたが
とても衝撃的で、また励みになりました。
偶然見たとはいえ、何がサポートとなるかはわからないものです。

もうひとつ。
今日は、レモン酵素を漬けました。
今回はてんさい糖ではなく白砂糖にしてみました。
レモンはえみなさんで洗って、いきいきペールくんの中でしばしお休みです。


2010.7.31.1.jpg

甲田ロー菜良宝 8日目

体重:51.6kg 体脂肪:23.5%
便通 2回

西式体操(毛管・金魚・合掌合踵・背腹)2セット
温冷浴 1回
スイマグ 夜15ml
Wark 7km
柿茶(ラフィノース 5g)・生水 1リットルくらい

朝昼 すいか  1/8個
  塩      1g
  ざくざくラー油バーガー
  ローティラミス  1/4個

夜 青汁    230g
  塩      5g

再販が決まったと聞いて
次は食べるぞと決めていたざくざくラー油バーガー。
ざくざくの衣にまとったものをイメージしていたら
パテとは別で、ざくざくが入ったソースがかかっていました。
(ちゃんと画像を見ていればすぐわかることなんだけど。笑)
からだの変化としては、重たいのはもちろんのこと
辛みに対してもかなり弱くなっていることを実感。
ローティラミスがやさしかった。

夜のすいか、ふと思い立ち量ってみたら900gもあって驚き。
そうよね~、大玉買ってるんだもの。



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