ひとりひとりが自然体で

心地よくつながり合える世界にしたい。
約9年前にヒーリングサロンを開いたとき
そのようなビジョンを描いたところから
時を経て
形を変えてもなお
わたしは同じことを想い描いている。
ひとりひとりが自然体で
心地よくつながり合える世界にしたい。
。。。
今、わたしはお写真を撮っている。
主にお花と女性を撮っている。
テーマは『自然体』。
この一点のみ。
なぜなら
それ以上に魅力的なことはないから。
どんなに飾り立てても
そこに『無理』がある場合
魅力はどうしたって隠されてしまう。
だから
ひとりひとりが自然体という魅力全開で
つながり合える世界にするには
『無理』をして美しい、よりも
『無理』を脱いで美しい、方が
断然きれいだよ
ということをやっていく必要がある。
みんな本当にきれいだから。
自然体が現れはじめると
本当にきらきらと輝くんだ。
そして
撮影時が終わった後も
そのまま自然体で生き始める
というとびっきりのおまけもついてくる。
その後、出逢うたび
顔つきやオーラ
立ち居振る舞いなどが変わっていく。
自然体が板についてくる。
わたしは自然体と出逢えるたび
心の底から喜びが湧く。
自然体でつながり合いたいのは
紛れもなくわたしだ。
そのような世界の一端を目の当たりにして
嬉しくないわけがない。
mio1
物心ついた頃から
『まっさらな部分』を見抜く子だった。
自覚はずいぶん後になってからだけれど
当時は
目が強いから疎まれやすい
などと想って
なるべく視線を向けないようにしていた。
やがて対人恐怖も自覚するようになった。
傍から『まっさら』を見ていると
それを出したり隠したりしているのがわかった。
誰もに具わっている『まっさら』
それは美しかった。
泡姫の頃はそれが上手く機能した。
『まっさら』を見抜き
『まっさら』のままで向き合うと
『まっさら』のひとときとなった。
わたしはとても大切に過ごしていた。
長らくナンバーだった理由も
このことに尽きるのでは
(ルーティンで過ごしていなかったこともあり)
と想ったりもするけれど
それが定かかどうかはわからない。
わたしの中では
このときすでに
自然体で心地よくつながり合える世界
が構築されていた。
泡姫を卒業した後
わたしはすこぶる居心地が悪かった。
わたしの世界の喪失。
居場所が無い
それがどんなに心許ないことか。
心も身体も裸の世界で創り上げたものを
この世界でどうしていいかわからないまま
手探りのまま模索した。
やがてお写真と出逢った。
前から好きでやっていたけれど
本格的な形で新しく出逢った。
『まっさらな部分』を見抜く
これをお写真でもやっていたことに気づいたのは
しばらくしてからのこと。
女性をお花のように写す、とか
写真家ヒーラー、とか
言われたりするようになった頃からだろうか。
わたしは新たな形で
自然体で心地よくつながり合える世界
を創りはじめた。
撮ることだけでなく
撮られることにも何度かトライすることで
『無理』を脱ぎ捨てていく【感じ】
も体感した。
何のジャッジもなく
自分自身を受け容れている
という心地が
かけがえのないことだと体感した。
これは
ただのお写真しか知らない人たちに
特に
『自然体で生きる』と決めた人に
ぜひ体感してほしいと想っている。
自然体で心地よくつながり合える世界
というビジョンがより明確になり
それを顕現できることを確信したから
今度はわたしの中だけでなく
このビジョンに惹かれてやまない人たちと
一緒に創り上げていく。
一緒に楽しみ
一緒に喜び合いたいから。
ビジョン共有する何人かと
自然体のままつながりだした。
そして
自然体のままで動き始めた。
今すでに面白いことになっている。
自然体のあなたの居場所も
きっと見つかるはずだ。